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田中克己日記 1954
【昭和29年】
前年、小高根二郎との話題に『コギト』の後継誌に『スム』といふ誌名がのぼり(『コギト』の語源「cogito ergo sum:我思ふ故に我あり」から)、年末には実際に芳賀檀を京都に迎へ、保田與重郎をとりまく雑誌『祖国』のブレーンたちを中心に「日本浪曼派」の再結成 の動きがあったことを話しました。
翌29年も後進詩人の高橋重臣らの加入を小高根二郎がとりつけて田中克己に参加を促すなど、日記には引き続いての動きが記されてゐます。
しかし田中克己はすでに京都・近江時代にできた新しい詩友たち5人(依田義賢、荒木利夫、山前実治、井上多喜三郎、佐々木邦彦)と共に、『骨』といふ同人誌をこぢんまりと発足させたばかりで す。
職場の帝塚山短期大学においては女学生たちに囲まれ、旅行だ・卒業だ・就職だ・お見合だと何かと手を焼き、頼りにされては、彼女らと行動を共にし、どうやって執筆時間を確保してゐたのか分からぬやうな慌ただしい教員生活が見うけられます。
戦後の評論活動を本格的に始めた保田與重郎に対し
ては、信奉者が集まる彼の人望は措いて、しかし高等学校の同窓会に顔を出さうとしない水臭い態度には、かつて野球部にマネージャーとして籍を置き旧制高校の友情とコネクションを大切にしてきた田中克己にすればあきたらぬ思ひがあったやうです。
一方でライバルと称された亡き伊東静雄には
詩碑建設の話が持ち上がります。職場の講演会に呼んだ今東光からは保田與重郎こそ小林秀雄とならぶ当代の評論家であると敬服のさまを見せつけられれば、文学史に刻まれてゆく彼らに対する、盟友としての喜ばしさとは裏腹に複雑な思ひも、すなはち保田與重郎が『祖国』の伊東静雄追悼号で挙げた「日本の3人の詩人」に自分が外された落胆についても、あらためて察せられるといふものです。
「日本浪曼派」結成時にはお呼びの掛からなかった一員として此度は参加要請されたものの、もともと汎アジア主義者だった田中克己が、戦後も尊王攘夷を掲げて節を曲げなかった保田與重郎と歩調を共にして今更復古的な文学運動に参加するのは無理なことでした。
かつて「日本浪曼派」に彼が迎へられなかったのも「官吏と教師は入れない」といふ建前より、思想的にはむしろ竹内好に近い東洋史学者として
の田中克己に保田與重郎が違和感を感じたから。そして田中克己の側にもこれはわだかまってゐて、戦後の民族派と呼ばれる論陣のなかに積極的には身を投じなかった理由になってゐたのではなかったでしょうか。
それがはっきりするにはキリスト教への改宗を俟つことになりますが、それまでは『日本浪曼派』再結成に積極的な小高根二郎と、この後どのやうな経緯を経て(保田與重郎を欠いた)『コギト』の後継誌ともいふべき雑誌『果樹園』の創刊へとこぎつけるのか見守ってゆきたいと思ひます。
さて田中克己の文業が戦後ふたたび世間的に認知さ
れるのは、実はこの年あたりからではなかったでしょうか。それは詩人として関西のリトルマガジン『骨』で始めた詩作においてではなく、中央の商業出版社からの需めにより出された訳業においてでした。
具体的には、それまでも三興出版部、角川書店、酣燈社と版元を変へて何度も出しては絶版になってゐたハイネの訳詩が、4度目となる角川文庫
の『ハイネ恋愛詩集』に至って大当たりして(今はバズり≠ニ云ふべきですね)、刷版を重ねはじめたことです。これは「恋愛」をタイトルに冠したB6版の昭和25年既刊本を、折からブームとなった文庫版サイズに内容とも縮小して落とし込んだことが功を奏しました。再刷25回をもって改版、さらに20刷以上と、30年余の長きにわたって田中家の家計を助けるベストセラーとなってゆきます。
また一方で漢詩ですが、戦争末期の刊行にも拘らず戦時色なく識者からの評判もよかった『李太白』の評伝が、こちらも文庫本ブームと並んで 起った新書ブームによって再版され、刷を重ねます。
これを受けて昭和16年に透谷賞を受賞した『楊貴妃とクレオパトラ』も同じ元々社から新書になりますし、李白については新たに訳文を付した評伝を筑摩書房から出すこととなります。田中克己とは本来気質的には縁の薄い李白ですが、日本における評釈の一人者として定着する下地が出来上がります。
それから詩とは別に、前川佐美雄ら関西の歌人たち から一目置かれてゐた彼の、自身初となる歌集の出版計画がこの年の年末にあります。けだし田中克己の代表作として『詩集西康省』の巻頭歌、
「この道を泣きつつわれのゆきしことわがわすれなばたれか知るらむ」
を挙げる人は多いのではないでしょうか。
良家の子女が多かった短大の教へ子の中には、西保惠以子(さいほえいこ)のやうな短歌の弟子も現れ、歌日記「夜光雲」から出発した詩人としてはそろそろ自分の歌集を出版してもよいと考へたやうに思ひます。
翌年刊行される歌集『戦後吟』は、さうして翌年に刊行される詩集『悲歌』とともに田中克己の抒情文学の掉尾を飾る出版物となります。
そしてかうした詩作上のけじめが同時に生活上の区切りを意味することになるのは、処女詩集を刊行した時と同じです。
すなはちこの夏には久しぶりに上京して、東京で出世してゐる師友たちと久闊を辞し「大高・東大人脈」を利用して、上京・転任の可能性を模索し始めるのです。すでに東京には異母弟である西島大(ひろし)がシナリオ作家として基盤を築いて居り、両親を呼び寄せる計画を立ててゐる最中でありました。
また高校時代からの親友西川英夫(東京建物)は、大阪での山本治雄(弁護士でのちの吹田市長)とともに、専門とは関係ない、
世間的に一番頼 りになる出世頭のツレで、他にも変はったところでは関口八太郎が陸上自衛隊の幹部となってゐました。
もっとも東京の旧友かならずしも成功者ばかりではなく、ここで日記に再登場するのが戦争末期、互ひの身の上を語り合った小高根太郎です。やがて富岡鉄斎研究の第一人者となる彼もこのときはまだ、多くの文学者に倣って共産党に入り出世街道を棒に振った一教員にすぎませんでした。
田中家とは上京後に親しい往来が復活しますが、この夏ひさしぶりの再会では、かつて昭和19年当時、徴兵を免れ得まいかと世田谷区喜多見の軍需工場にあった薄井敏夫を一緒に訪ねたことを思ひ出し、昭和25年4月に病没した彼の旧宅を再び訪問、結核に侵された未亡人が窮状をみて帰阪後に、この頃最も頻繁に往来した旧友で息子の高校の先生でもあった坪井明と共に救恤を図ります。
この年のトピックとしては他に、自身は出席しな
かった伊東静雄の詩碑建立式に出席した、伊東の同級生で中国文学者・詩人でもある蒲池歓一を迎へ、柳井道弘(三千比呂)とともに大阪の史蹟を
案内してゐますが、岐阜在住の管理人としては、詩人と教へ子の一向が観光で当地を訪れたことを特筆しておかなくてはなりません。
折しも長良川の花火大会に合せての来訪であり、彼を接待した岩崎昭弥は同時に保田與重郎の一家も招待してゐたやうですが、両者は結局同伴す
ることなく、詩人は折角の花火を楽しむこともなく岐阜市美江寺町の「すみよしや」にて飲み明かし、翌日は犬山をめぐって彦根経由で帰還してゐます。岩崎昭弥と同じく岐阜に移住した江口三五、伊藤賀祐の旧友らとは旧交を温めた様子ですが、けだし江口氏は人権派の弁護士、伊藤氏は岐阜
大学医学部の国手、また保田與重郎に心酔する岩崎氏はのちに社会党の代議士となるのですから田中克己の人脈には驚かされます。
そして意外といへば、戦時中の日記には悪態が記してあった竹中郁を神戸から、また人気俳優となった芥川比呂志を、学生のリクエストに応へて職場の帝塚山短期大学の講演に呼ぶことに成功してゐます。一体にこの大阪での教員時代、自身の就職活動に限らず、依頼・斡旋・折衝など友人知人のために骨折り迅速に行動に移す様子は、最晩年の炬燵に端坐する姿しか知らない私にとって全くの意外な一面でありました。山本治雄の法律事務所で茶飲み相手にされてゐた佐瀬君(佐瀬良幸氏) もさうですが、女子大の先生とはいへ、この先いったい何組のお見合に関はってゆくのか、もし私が尋ねたなら「斯様の下事は保田なら関知しないだらうね」と一笑されたかもしれません。

冊子冒頭に「古事記」の原文
是天津日高日子波限建鵜葺草不葺不令命 娶其姨玉依毘売命 生御子名 五瀬命 次稲氷命 次御毛沼命 次若御毛詔命亦名豊御毛沼命
亦名神倭伊波礼毘古命 四柱
[この天津日高日子波限建鵜葺草不葺合命、その姨玉依売命を娶り、生みませる御子の名は、五瀬命。次に稲氷命、次に御毛沼命。次に若御毛沼
命、またの名は豊御毛沼命、またの名は神倭伊波礼毘古命。 四柱]
から以下2ページにわたって、神武天皇の東征、八十梟帥の「餘党を忍坂の大室に誅し給ふ事」までの事蹟を列挙しあり。
1月1日
9:00起き10:30より寮生2groupに[分]れて年賀に来りしに屠蘇のませ、年
賀状258通受取る(内102通は在学生)。それをよむ中、佐瀬良幸来る。西田長
寿編『都市下層社会』呉る。
午后守屋美津雄氏、韓国人李氏つれて来り、池内先生の本3冊ゆずられたしと。祖国社へ紹介状かく。半田祐
子より海苔賜ふ。弓子circusへ細川父君につれられてゆきしと。辻賄病臥とて挨拶に来ず。(よべ2:00まで忘年会とかで酒のみしら
し)。
1月2日
賀状13枚。榎本すみ子より病院のこと。賀状の返事50枚かく。少雨。浜松の保安隊に入りし広瀬来る。
1月3日(日)
賀状35枚。新潮社より堀辰雄全集のため8日までに3枚をと。斎藤加寿栄より教務上の問合せ。午后中野ト
シ子来り19:00までゐる。賀状の返事70枚かく。中野清見22日大阪着と。
1月4日
雨。賀状11枚。高野敏子合格と、めでたし。史、担任先生の家へ遊びにゆく。父より電話。建(※弟)父子
昨日より来をり、けふ帰ると。八木嬢来るかと思ひしに来ず。「李白」書き出せど旨くゆかず。
1月5日
曇。賀状36枚。竹田龍児氏より。百済璋子より家庭の事情。西川良江より府教委検定通りしと。13:00八木嬢(※八木よし
子)来る。賀状その他30枚かき投函してもらふ。夜、史を叱り何か特徴を出せとい
ひしに泣寝入。大江叔母に百済生たのむの手紙かき、明日悠紀子をゆかすこととす。
1月6日
晴。悠紀子、京をつれて大江へゆく。16枚賀状。中に植村清二先生のあり。ひる出て京橋より山本事務所へ
ゆく。米沢昭子けふ来るとのハガキもらひしゆゑ電話して断る。山本(※山本治雄)へも本宮(※中野清見)より22日来るとしらせありしと。天
満へゆき、帰れば『骨』2来をる。大江叔母、百済のこと承知といひしと。房子3日ほどして来ると。
1月7日
堀辰雄氏の思ひ出かかんとするところへ佐々木邦彦氏来訪。書初めとて苹果の絵賜はる。賀状9枚。西保嬢(※
西保恵以子)より(※田中克己歌集の)出版を父上援助したまはると。午后、文芸1年の米沢昭子、上田阿津子(ともに奈
良校卒)来り、漢文の点きき学校面白くなしと云ふ。上田嬢はあやめ池住なり。夜、書き直し書き直しして「堀さんと四季」(200×7)やっと書き
終ふ。
1月8日
弓子けふより始業。「堀さんと四季」速達で送らす。賀状6枚。史に坪井(※坪井明:大手前高校教諭)の
『骨』托し、芳野清、林富士馬へ送る。
1月9日
原田運治へ『骨』1、2。10:00ごろ一寸ひるね。12:00出がけに長尾禎子より賀状。小
高根二郎より明日小野十三郎の会で来阪と。蒲池欽一氏
より十和田操にきいた、『骨』呉れと。会社へ寄り読売埜沢君(※埜沢宏)に『骨』をと受付へ。大毎へゆく
途、高尾に寄り『encyclopaedia』。きけば14日もって来ると。大毎へゆき天野愛一に『骨』
わたせば地方版のみに紹介出しと。文章巧しとほめて呉る。朝日吉井君(※吉井栄治)は欠勤。
15:45[不二屋(※不二家)]にゆく(※新年会)。吉川、東、中馬、伊藤、鍛冶姉妹(姉
離婚せしと!)、山岸、後藤田、斎藤、酒井、椿下、寺本、野崎、疋田、平山、藤野、堀、本多、松井、宮沢、山口、山
荘、山中、山尾、吉原、藤田、和島、28人に長沖、西宮(※長沖一、西宮一民)
二先生と盛会なり。
出て斎藤、堀と喫茶。天牛南店にて鈴木信太郎訳『ボードレール(120)』『古典全書増鏡・蜻蛉日記(50づつ)』買ひて21:30帰宅。
1月10日(日)
朝食後、ひるねしゐしに久美子、正平、隆平自動車で来る。十日戎への途と。午後、藤野生、松本一秀の帰りとて来る。夕方、鳴田(※鳴
田勝)帰郷の挨拶に来る。電話料1380(内市外430)。けふ白鳥清先生より賀
状の返事。
1月11日
斎藤加寿栄より一年間の休学願。鳴田、松尾部長に被覆へ職場転換願出て、きかれざりしにより退職したしと。杉浦正一郎より10日出の賀状!
1月12日
登校、賀状学校へ8通。12:30東井夫人来り、金杉博士(※金杉重信)より音沙汰なかりしと。今週中に幼稚園長にききおかんと云ふ。百済生
には藤井寺へつれゆかん。高野敏子には上野芝へつれゆかんと約束す。彙文堂より本つきをり。『研究年報1』出来上り、抜刷(※「雄略天皇のこ
と」帝塚山短期大学研究年報第1号)もらふ。15:00硲君来り、ともに喫茶。春夫の本は賜ふと。出しところへ山本重武君
と会ふ。けふ『文芸春秋2月号』買ふ。
留守に宮本正都夫人来り、合宿に困惑と。本田晴光氏よりハガキ。(けふ丹波道久より16日10時より講演
をと)。
1月13日
雨。昨日より憂鬱なりしが会社へゆき鳴田のこと城平叔父に云へば原課長呼び出され変なりし。出て近鉄で散髪(150)。有馬に会ひ本屋で島
本、藤原2生に遇ひして幼稚園。佐沢園長に会へば欠員なしと。森校長(※森礒吉)に云へと。父とは知合
と。出てアテネ文庫3冊買ひ学校。教授会。今年学院(※高校)よりは39名より来ずと。すみて彙文堂より来し『文選(650)』『三国史記
(1000)』『日語類解(400)』『支那に於る昏姻及び家族史(300)』もちて帰宅。鳴田呼びて話す。
1月14日
晴、出勤。高野敏子来り、斎藤先生(※斎藤堅太郎)けふ来よと伝へしと。午后漢文の追試験をす。(青生
(※青美智子)skiにて骨折、泣くと)。追試験中、小野和子と話す。兄の知人と今夜映画にゆくと。
15:00出て上野芝。学校までゆき引き止められてすし御馳走となり、はるみ君と3人にて駅前まで歩き帰校、夜学。(けふ高尾より
Encyclopaedia Britanica 1905、12冊と『淀川文化史叢考(380)』着く)。
帰れば鳴田来り、原課長大分怒りゐると。津田侑(※賄)よりハガキ。Geoffrey
Bownas氏よりバタビヤ城文書を呉れと。中村孝志と間違へしならん。
1月15日
鳴田来り、中西doctor(※中西義章)より診断書もらひしと。八木嬢よりハガキ。11:30出て近鉄
百貨店。土鍋のこときけば2名来て送らせしと。東井家へゆき佐沢園長に紹介状かき、地下鉄にて戎橋。中山書店で堀口大学『男ごころ(70)』
買ひ、荒木利夫の勤先にゆけば已にあり。
やがて山前、依田、おくれて井上と5人(※山前実治、依田義賢、井上多喜三郎『骨』同人)そろひ、
beerのみてのちMünchenにてまたbeer。千日前にゆきてまたbeer。最後に“Degas”といふ喫茶店にてまたbeer。戎橋
ではぐらされて帰る。
1月16日
出るまへ鳴田来り、共に京橋までゆきて別れ、片町10:00。やがて迎ひに来し自動車で警察学校(※講
演)。雄略天皇の話をし、すみて武田製薬の佐竹彬氏と一寸話し、天丼よばれて大手前高校。坪
井に会ひて田中米店の話すれば成績見せよと。嬢ちゃん十合[辞]めたしと。出て近鉄百貨店でpastel2ケ買ひ藤井
寺。途で北村ウメノ氏に会ひ、叔母留守ときき、ゆきて房子に会ひ、電話かりて和島美禰子呼べば留守と。14:55のbusにて羽曳野病院。榎
本すみ子大分元気らし。15:35またbusにて藤井寺。
松原にて下車し肥下家へ寄れば肥下(※肥下恒夫)、畑と。この間(※12月28日芳賀檀歓迎会)は時間おそくなりて来られざ
りしと。
アベノ橋より寺田町で下車。石塚書店で春夫『夢を築く人々(40)』買ひ千林へゆきしに松尾部長、西山博子ともに未帰宅。散歩して『病床六尺
(40)』見付け、なべ焼きうどん食ひ、coffeeのみしてゆけば部長夕食中。ややして話きき鳴田に便宜計りしと。会社[辞]めたしと。や
やして博子来り、20:00すぎ辞去。(けふ岡本和子訪ねしに母上あり、和子つとめゐると)。蒲池欽一氏
より『骨』の礼状。林富士馬より同。西保恵以子より柳田国男よむと。中野清見(※
岩手県江刈村村長)より22日20:00大阪港へ迎へに来てくれと。
※〈一月十六日 午后、砂ノ豌豆ウネノ土寄セスル。 六ウネ済ム。留守中、田中克己来訪。夕ヨリ雨。〉 肥下恒夫日記:『悲傷の追想』澤村修治著2012 92p
1月17日(日)
麓明子より賀状!鳴田(※鳴田勝)、恋人へ会社つづくるとの証明書かかす。16:00出て梅田。柳田国男
『日本の伝説(80)』、時計の革買ひ(250)、rice curry食ひ、帰途亀井母子に会ふ。
1月18日
晴。10:00家を出て西垣、島、竹内、安田(※西垣脩、島稔、竹内好、安田章生)へ『骨』。高鳥に「雄
略天皇のこと」送り、京橋より扇町商高沢井(※沢井孝子郎)を訪ぬれば試験監督中。木村三千子氏訪ね
cafeよばれ引返して沢井に会ひ、中野清見の歓迎会を23
日18:00より北のMünchenにてと定め、北府税務署に田中幸臣訪ぬれば長尾病院に入院と。山本事務所にゆき佐瀬君と話し4:00まで待ちしも山本
帰らず。土田にて柳田国男『桃太郎の誕生(80)』、高尾にて蘇峰『豊臣氏時代 甲乙丙(150)』買ひして朝日。後藤(※後
藤孝夫)に会ひ中野の会のこと伝へ、紡績機械に荒木利夫訪
ねて『骨』同人費托し、天牛南店見などして帰宅。鳴田(※鳴田勝)今夜帰郷とて2400、11月分の食費
として置きゆく。
1月19日
登校、salaryもらふ。税少し多し。大谷短大の吉井巌君より電話ありしと。きけば修学旅行のこと。守
本氏に返事してもらふ。川端直太郎氏の紹介にて布施女子高の受験につき大高の後輩。15:00すみて骨折
の青生見舞にゆく。帰り白村『近代の恋愛観(50)』と『今昔物語4』買ふ。和島美禰子より謝り状。母、肺病の見舞をきらふと。けふ羽田、松
本、川久保(※羽田明、松本善海、川久保悌郎)へ「雄略天皇」送る。
1月20日
学院より史、依子の在学証明書急いでもち来よと。12:00すぎ出て会社。鳴田の2400と電話料370と会計へ。寮の炊事止めんと云へば庶
務課長賛成す。佐瀬君(※佐瀬良幸)に電話すれば山本出て迎へにゆくと。大手前高校へゆけば坪
井授業中。石山氏に手紙托し、史の証明書もらひ、阪急の古本屋へゆく。春夫『東天紅(120)』のみ。山本事務所にゆ
き喫茶中の山本(※山本治雄)と菅原弁護士に会ふ。また山本事務所にかへり古本屋見て帰宅。中川いつじよ
り蒺藜の(※浜菱の刺の)痛さ知ると。芳野清君より『骨』の購読料500。
1月21日
登校、石浜先生、楳垣先生(※楳垣実)に、「紀州植物方言」の稿もつ中学校校長先生。午すぎ西保嬢より電話かかり13:00高島屋へゆきて会
ひ、喫茶後、荒木利夫氏訪ぬればしばらく待てと。また喫茶して待ち、やがて来りしに日中友好協会やめを云
ひ、芳野君の500托し、別れて大丸の古書部へゆけば久美子に会ふ。3人にて”Degas”へゆき喫茶。天牛休みとて千日前でスバル座に「二
つの男の世界」といふのを見んとすれば西保君逃げ、久美子と見、中休みに昌三叔父を見付け(今川叔母胃潰
瘍と)、久美子引渡して夜学へゆく途、上町線にて山城生に会ひ職員室へつれ来り、長沖氏に会はす。帰れば安田氏より『骨』の受取。榎本すみ子
より礼状。
1月22日
登校、小野和子また結婚申込受けしと。15:00まで時間つぶし新世界の本屋へゆきて中国書見しも何もな
し。市電にて鳴尾町下車。山本にゆけば本庄先生(※本庄実)をらる。17:00すぎ共産党の渡辺氏と4人
にてCezanneへゆき山本酔ふ。
19:30円タクにて築港へゆけば中野清見待ちをり、山本の前の宿屋に荷物預け心斎橋へゆき八幡筋み
のやにて夕食。道頓堀を歩き中野喜ぶ。Date(※カフェ)にゆき23:00出て宿。中野と我と人吉出の女按摩をと
る。
1月23日
10:00朝食。日本レーヨンの増山に電話すれば東京出張。村山高氏に電話すれば午来よと。11:30出
てゆけば短大文芸1年のtypistあり。昼食よばれ20年ぶりの話し、13:00出て朝日、後藤呼び出
せしも忙しく大丸、十合へゆく。妻にとnylonの靴下買ひ呉る。梅本(※梅本吉之助)に今夜来よと名刺
置き、宿に引返して将棋。
17:30北のMünchenにゆけば田中(前田)政雄あり(※中野清見歓迎会)。
沢井、江馬、に後藤、富山(※沢井孝子郎、江馬春夫、後藤孝夫、富山忠雄)あはせて8人。宿に引返し高垣
(※高垣金三郎)来りしと記念写真とりてわれtaxiにて片町、帰宅22:30よべ小眠にて疲る。
1月24日(日)
雨。島稔よりハガキ。中野清見のこと書きてあり。中村孝志氏より「台湾の鯔漁業」の抜刷。
1月25日
寒し。朝、電話かかり10:00田中季雄夫人来訪。やがて兄竹村氏来り、坪井に紹介状かく。『法政文学3』来る。年賀状の抽籤にて7枚当りし
を悠紀子とり来る。史、坪井の手紙もち帰る。糸岡生の服飾入学につい
て便宜計らへと。
1月26日
よべ雪降りて積りゐる。登校、土曜保田夫人(※保田典子)来しと。高野生堺市長夫人の紹介状もらひしと。
高校の6時間目を3時間目にかへて14:30すみ、藤井寺。大江叔母をり百済、上平2生のこと叔父にたのみしと。小野生の写真わるしと。すぐ
出て近鉄departで岩波新書『纏足を解いた中国 上』買ひて帰宅。保田夫人より、みづ穂(※保田與重
郎長男)天高(※天理高校)入学につき教を乞ふと。
1月27日
10:00片町へゆけば丹波すでに在り。ボロmotor-carにて警察学校。「豊太閤」の話す。校長上
野芝に家当りしと。出て大手前高校。保田夫人、坪井(※坪井明)にも
頼みてありと。田中季雄夫人きのふ訪ひしと。出て山本事務所、この間の宿料8000なりしと。和島美禰子に会へば鍛冶初江浪
曲師を好みしと。出て天満橋。『赤光』買ひbusにて会社。salary受取りて帰る。川久保より抜刷の受取。補導課長をしゐると。千川(※千
川義雄)より中西に見てもらひ休養ときまりしと。
1月28日
登校、寒し。国文学史最後をやる。上平、百済(※上平博子、百済璋子)に大江叔母の言伝へ、萩原天満に青
生見舞云ひしに今日は都合悪しと。小野生を大丸に写真うつしにつれゆき「面影」へゆきしに竹内いま入洛と。近鉄案内所へゆけば野崎(※野
崎その)在り。鍛冶姉妹(※鍛冶初江、鍛冶美和)元気と。天牛南店で『城壁(50)』(大丸で『漢文指針
(120)』)、別れて「いづもや」へゆく途中、津熊照子にあひ汁粉食ひて帰校。
長沖、小野2氏(※長沖一、小野十三郎)休講、1時間目にやることにせしに小野より電話、大江叔母、土曜
夕方は都合悪しと云ひしと。山中たづ子より電話、来るとのことにて授業すまして待てば来りてタバコ呉る。
1月29日
登校、小野3日に藤井寺へゆくと。藤原の言によれば松本喜久子生reportを人に書かし楽しみは酒席のみと。高野、三国丘中学校長に会ひし
も空席なしと。天満生を呼びて先ゆかせ14:00すぎ青生の家へゆけば起きゐる。漢文の宿題与へ、淀川の参考書かして天満生と出、
coffeeのませて別る。西保嬢より推薦入学に星林の楠戸規美子つれゆくと。千川義雄より俳句の評。
1月30日
杉浦氏(※杉浦実)入用と蒲団4枚もちゆく。午後郵便、中野英夫より来ざりしが病気かと。武田君らの『鬼1』。夜、鳴田、中西doctor来
週日曜15:00すぎに来よと。
1月31日(日)
晴、中野英夫にわび状。武田豊に祝状。午后悠紀子阪急departへ2児つれてゆき、その留守に守屋君に
ゆきしも不在。(野崎君より新年宴会の写真来る)。神田博士、信夫君(※神田喜一郎、神田信夫)、和田先生(※和田清)、篠田先生(※篠田
統)、天理山崎忠、中村孝志、朝鮮学会へ「雄略天皇」の表書す。悠紀子手袋買ひ呉る。100と。
2月1日
筑摩書房井上達三より『李白』2月末迄にと。午后出て山本(※山本治雄)へゆけば井上摻と倭
周蔵15:00朝日の後藤(※後藤孝夫)の許へ来ると。出て高尾でH. B.
Morse『The international relations of the Chinese empire (400)』買ひ、吉
永孝雄氏にcoffeeおごられて同社、3人にて梅田のおでんやにゆき、山本を待つ。我17:00出て天満。親子丼食
べて帰宅。(倭、潜水艦を造ると。能勢(※能勢正元)Singaporeへゆきしと)。
2月2日
晴。登校、藤原生来り、中川生恨むと。高野生、斎藤先生(※斎藤堅太郎)ことし限り退職と。小野生に明日
大江へゆきて金曜叔母の都合きいてくれとたのむ。上平、百済2生のためなり。すみて藤原生と出、近鉄depart五階でcafeのます。渡辺
鐐子より手紙。守屋君より朝日会館へゆきゐしと。千川義雄より幼稚園の保姆をと。(けふ藤野朗子姉よりの手紙忘れしを云ふに電話すれば何事も
なしと。父君病気と)。保田と竹田龍児氏へ「雄略天皇」。千川へ該当
者なしと返事。
2月3日
9:00前登校、無試験面接。後藤田府議より1人たのむと手紙。白井三郎より電話、子供のことたのむと。17:00すみて来合せし前川、宮
沢、堀3生とナンバ。長沖氏よりcafe御馳走となる。津熊、西保2嬢よりハガキ。成蹊[吟]社詠草。吉
田太退社せしと、さっさと退寮。
2月4日
8:30登校、13:30までかかりて面接すむ。堀の母より電話、近々会ひたしと。妹に来週火、木の午すぎと伝ふ。小野生、大江叔母に会ひ写
真また悪しと。明日16:00までに来よと吾に。20:30までかかりて判定すみ、わがたのまれし(星林)楠戸、(市施女)岩本の文芸はもと
より坂田(池田)、糸岡(大手前)も入る。帰れば坪井より結果しらせと。(帰りがけ主事「発表まで云ふな」と)。眞野喜惣治より上田局長に転
任につき話しくれよと。篠田先生より抜刷の受取。山前より6日16:30三和書房へ校正に来よと。
2月5日
ゆきがけアイワ幼稚園申込にゆく悠紀子・京と共にし、登校すれば堀亘の母より会ひたしと。17:00近鉄
5階でといひ、昼食時、松本喜久子よび体操たのみにゆかして卒業さすこととなる。長沖、西宮二氏協力。
14:30百済、上平2生と藤井寺にゆけば、大江叔母全身痛と。予告せざりしと叱らる。「出来るだけ運動するも他もさがせ」と。憂鬱。茶おご
りて吹雪の中を百済生と別れアベノ橋につけば堀生迎へゐる。母君より話きけば「交際数ヶ月の人あるもまま子にて陰気なる故いやとなりし、先生
かはりあれば云々」と。まだ先方に通ぜずと云ひてあやまらる。帰れば京、入園手続すみしと。史、きのふより夜まで図書室、坪井の手紙預り来
る。
2月6日
10:00家を出て大手前、坪井に会へば糸岡破産の為何もききに来ず
と。無試験入学の女子短大しらべ、府庁にゆきしに後藤田府議来ずと。白井にゆけば不在。散髪し(200)、また20分待ちて会ひ長男を今高に
ときき、昼食くひて別る。『詩経(目加田訳)』買ひて饗庭君(※饗庭源吾)訪ね、茶。菓子ふるまはれ向ひ
が汎愛[高校]なるに気付き、寄りて蛇口三郎に会ふ。禿げゐたり。北浜2まで歩きて天満橋、京阪三條より
歩きて三和書房にゆけば山前、依田(※山前実治、依田義賢)。
17:30みなそろひ校正すみ、依田、佐々木他へと去り、河原町角にて夕食し、三條にて別れ京阪書房にて内田『日本経済史概要(120)』買
ひて帰宅。中野清見より東京転任、丸(※丸三郎)に話せしと。田中定
子来り、従妹の木谷、補欠となりし故、宜しくたのむとなり。
2月7日(日)
11:00田中定子より電話「院長に云へ、心配なら来よ」と云ひ15:00まで待ち、桑田博士(※桑田六郎)
をお訪ねすれば次嬢、四條畷高校を出て三越に勤められ洋裁にやらんと。出てbusにて小阪、山口(※山口実)
の家訪ぬればミシン屋廃業の様子なり。堀内によりて聞けば肺患入院かと。
市河三喜『言葉(70)』買ひ松本を訪ねしに散髪。中西にゆけばをり20:00まで引留む。碁一番やりて夕食賜ふ。松本にゆきて(馬場、山地
2先生にと中西より1000預りし)。嬢、保姆資格をとらさんとの話きき22:00出て帰宅。
2月8日
家居。〒なし。事なし。
2月9日
登校、漢文試験。松本喜久子、体操の先生を訪問、便法おそはりしと。百済、小・中企業にてもよしと。高野、堺市教育長へ山川課長より紹介受け
しと。小野(※小野和子)見合すませ返事あらばしらすと。白井より電話。疋田より電話。堀妹、母君礼云ひゐしと。すみて今高へゆき筒井(※筒
井信義)に中西の金わたし白井のこと云へば引受けたと。馬場、山地両先生の金6500づつ位と。
帰宅、神田信夫氏より抜刷の礼。西保恵以子より28年京大農経出の梅田善彦氏
の身許たのむと。鈴木治氏より抜刷くれと。(けふ田中定子、遠縁ゆゑ宜しと。蛇口三郎より電話。)
2月10日
家居。大塚呼びて聞けばいつまでもゐたくなしと。山中タヅ子より婿の世話不要と。竹田龍児氏より抜刷受
取。
2月11日
登校、安村妹、結婚式の写真をもち来る。院長(※神崎驥一)より梅田善彦君、
母堂に会へとのことに会へば「親類に知事2人あり、岩出の旧家にて、西保家は成金のそれも大したことなき家なれど云々」と。不快なれどほめ、
文学好きを明かして帰す。
あと電話かかり西保来るとのことに待ちて、疋田生呼び文芸クラブの原稿わたし、丹波道久より20日また講
義をとの電話きき、西保と出て白井家にゆけば留守。播磨町bus停にて別れ、千川にゆき、中西の紹介の礼云はれ、引返して小野にゆけば返事ま
ちて落着かざる様子。姉君に紹介うけ、ともに散歩して白井。夫人に筒井(※筒井信義)への紹介の名刺かき
夕食。親子丼くひ(90)、帰校。
疋田、山中に電話し、来週休講と云ひて夜学終る。高野敏子より斎藤家へゆきしと。竹村氏より炊事を会社での件急ぐと。平井雅尾氏より蒲松齢の
こと。
2月12日
登校、昼、疋田生(※疋田紀子)来り、医師でも良し、30才までの長男でなき人をと。幼稚園に講演の長沖先
生訪ね来年度、中・高兼任を止めんと云ふ。
出て藤井寺。中谷母堂来りしとて返事は、見合宜しく調べさしていただくとの由なれば、うれしくて小野(※小野和子)
の家へゆき伝へて帰れば電話。旧宅の辺にて聞合せされたら困ると也。『骨3』20冊来り、鳴田父より礼状。角川より48,650−7,297
の申告せしと。常岡氏より礼として奈良漬。けふsalary出しが健康保険にて2000近く引かる。『鴎外全集27(520)』買ふ。
2月13日
9:00会社へゆきて竹村氏、今村部長と寮のこと相談し、重役会に任すこととす。11:30になりてbusにて大手前高校。坪井、吉永氏(※坪
井明、吉永登)と話す中、天理大学祐田氏(※祐田善雄)来会はす。出て山本事務
所、佐瀬君と出て喫茶。News映画、また喫茶して別る。岩崎昭弥より徳永昭子嬢の式3月28日と。堀
亘の母君好枝氏より継子の件、考へ直せし様子と、めでたし。糸岡清子氏より礼状。小野和子の手紙。西保嬢より『車塵
集』。
2月14日(日)
今村羊子より木曜夜にでも本返しに来ると。上平生より家不況に付き嫁入支度稼ぎたしと。竹田龍児氏より祖
父上(※佐藤春夫の父)の「懐旧」自筆版賜はる。けふ雪降り雨とな
り、晴れてより家を出、『骨』の会にゆかず。山権(※山本治雄?)へゆきしこととなる。(「今年の計画」5枚書く)。
2月15日
登校、試験問題作らんと也。安村明美に会ひてともにゆき、小野生に会ひてきけば、土曜大江へゆきて話し、火曜また姉とゆくと。「世界史」と
「試験問題集」高校より借り、西山卯二郎夫人に日野君(※日野忠夫)への紹介状かく。
けふ伊東花子氏より手紙受取る。来月一周忌の相談なり。昼すぎ出て島本生にcafeのませて帰宅。定期買
ふ(940)。山中タヅ子よりあやまり状。
2月16日
登校、東井夫人現はれ、願書提出、森校長(※森礒吉)に会ふとき何をもてゆかんかと。佐沢氏にきけと帰ら
す。タバコ1箱呉る。すみて浅香山。今村羊子にゆけば病臥と。父君より『武蔵野少女』返却さる。
堺脳病院にゆき肥下(※肥下恒夫)に会ひ、全田に引返し17:15まで待てば肥下来る。夕食ともに食ひ、
在阪の片山(※片山良展)の悪口きく。20:00出て天下茶屋をへて天王寺。悠紀子雨風の中を長靴もちて
迎へに来るに会ふ。
けふ西山博士(※西山卯二郎)夫人来りしと。Tobaccoとcakeもらふ。鈴木治氏より抜刷受取。中野英夫より小林北海道より帰りし様子
と。児玉実用より詩集送りしと。
※〈二月十六日 田中、 病院ヘ来訪、全田叔母ヲ訪ヒ、共ニ夕食ノ御馳走ニナル。〉 肥下恒夫日記:『悲傷の追想』澤村修治著2012 92p
2月17日
「死んだ恋人」2篇かき竹田龍児氏への礼状かき、児玉氏『さまよう星』と西保嬢(※西保
恵以子)の「見合すみ、第一印象良かりし。内緒で」との便り見て家を出、西山(※西山卯二郎)博士夫人に会へば泣く。
日野君に会ひにゆき桂氏に横顔かかれ卒業生にsign求められし。日野君つかまへてきけば成績順と。教授会に出、補欠入学きめ17:00キリ
ンビヤホールにて岩橋、小崎二君(※岩橋文雄、不詳)に会ひ、疋田生を推薦せしに一度内緒で見さしてくれと。よべ麻雀やりて1時間より眠らず
と。支那料理やへゆきcoffeeのみて別る。
2月18日
登校の途、西山邸へゆきしに夫人出しあと。学校前にて追付き日野君に紹介し(岩崎君にまた紹介し呉れしと)、1時間すませ、青博士(※不
詳)に会へば秘書一人採ると。長尾禎子来り、菓子呉れ、保証人にと院長たのみにゆ
きしが断らる。長沖氏につれゆき父君に会ふ。明治15年生れと。我母
知りをられたり。出て幼稚園にゆきしも佐沢先生不在。住高(※住吉高校)にゆきしに山本、硲2君(※山本重武、硲晃)
授業中。出て東井家にゆけば森校長(※森礒吉)見舞ひにゆきしと。市立医大病院にゆけば石浜君に会ふ。
336号室に羊羹3棹もちてゆき、(※森礒吉と)暫時話しまた東井家にゆきて帰る途、電車にて西宮君(※西
宮一民)に会ひ雑煮食ふ。社会事業短大の田中卓君の「日本武尊」の評の抜刷呉る。帰りて『祖国正月号』受取る。「蘇東
坡」のる。
けふ岩橋夫人にきけば吾を皮肉と夫君、山崎君云ふと。伊東花子氏に(※伊東静雄一周忌は)日曜にせよ、坪井、肥下呼べと手
紙。
2月19日
登校、一年も最後の講義なり。百済生呼びて青博士のこと云へば5,000下はいや、奈良県の先生となると。上平生呼びて考慮さし、島本生に事
務への応募すすめ、22日(月)9:30阪急前に長沖、岩橋2先生(※長沖一、岩橋文雄)と集り桂離宮の
参観監督にゆくこととし、守本主事に長沖氏と2人にて大学専門にしてもらふやう考慮たのみ、出てナンバ。
荒木君呼び出し(この間の[『骨』の同人]会にゆかず原稿まだと)、「面影」にゆき、野崎(※野崎その)
呼出し3人にて歌舞伎座で喫茶。別れて古本屋にて幣原坦『文化の建設(50)』買ひて帰宅。
饗庭君より電話待ち甲南への紹介をと。明日行くことを約して終る。けふ『文芸日本』『祖国』よりそれぞれ詩の依頼(文芸日本は大
鹿卓氏なり)。
2月20日
警察学校へゆき「大塩平八郎」の話し、自動車にて瓦町まで送ってもら
ひ秀英印刷。饗庭君と話して待つ中、社長速水夫人来り、大毎に電話し天野君に道筋きき、新京阪にて向日町、壽岳博士に
令嬢転学たのめば武田理事長に話してみんと。出て駅で別れ祖国社。みな出て不在。柳井君(※柳
井三千比呂[道弘])呼び戻し、「蘇東坡」神田、壽岳2先生に送り、山口輪子君つれて三條。喫茶し鍋焼きうどん食はせ
て別る。けふ宝国寺より振替用紙。
2月21日(日)
家居。山前実治より児玉君(※児玉實用)の詩集評たのむと。伊
東花子氏より肥下、坪井のこと承知したと。竹内(※竹内好)より『国民文学論』。
2月22日
8:00前、家を出、阪急前にゆけば9:00、30分待ちて岩橋、長沖2氏来り、新京阪にて桂下車。雪降
り来る。11:00小出君となりて離宮拝観。2年20名余来る。すみてまた雪の中を駅までゆき、四條大宮よりtaxiにて三條河原町。長沖氏
に昼食おごられ、依田義賢に電話して児玉君の詩集評たのみ、ゆっくりゆけど修学院前にて一時間あり。鷺森
神社といふまで歩き30分待ちて拝観。16:00すみて加茂大橋まで来り、別れて三和書房まで歩けば山前君の
ところへ多喜さん(※井上多喜三郎)来をり。ともに四条河原町までゆき上海といふにておでん食ひ、れんこ
んやにゆけば依田君、辻久一と話しをり。用談すみしところ紹介さる。昭和10年独文卒と。20:40山前
君と七條まで同車、帰宅すれば大阪(※雪)降らず。
元々社より齋藤晌『漢文入門』と浅野晃『現代の詩』送り来り、執筆依頼と。
『文芸日本』。大菊、安倍2生のREPORT。(れんこんやより祖国社に電話すれば奥西保君出て西保の歌
のせてよろしと)。
2月23日
晴、家居。木炭10俵入る。小田、弟受験の為28日まで寮に宿泊させよと。
2月24日
徳永昭子氏より3月28日挙式、その前に河村DOCTOR(※河村純一)と来よと。硲君よりハガキ。西保
嬢より明日連絡すと。12:00すぎ出て会社。父に会へばこの間BASE-UPにて張紙せしと。2,000もらひ大手前にゆき坪井に会ひ、す
ぐ出て法務局上田局長に会ふ。(はじめ不在と云はれし)。眞野君のこと云へば湖西へやらるることなしと。出て山本事務所。依頼とcafeのみ
toast食ひせしも山本(※山本治雄)忙し(肥下の件引受くと)。
17:00出て高尾にて蘇峰『文政天保時代(80)』買ひ、京橋にて『婦人公論3月号』買ひして帰宅。藤原生より電話かかりしと。(饗庭君よ
りも電話。壽岳博士より報なきゆゑ行くといふに明日迄待てと伝ふ)。
2月25日
登校、歴史の試験をし、高校漢文の問題わたし、入試の校正をし、筑摩書房の土井一正氏来阪とのことに
14:00迄に来れといひ、上平生(※上平博子)よりも電話ありしに来れといひ、やがて来し上平と話す。
青博士の研究所ゆくはいやでもなく応でもなしと。土井氏来り、3月末まで『李白』をと。小川、吉川2教授
(※小川環樹、吉川幸次郎)の推薦と。
14:00来し藤原生と3人にて戎橋に出、「面影」にゆき喫茶。土井氏、井上靖・富士正晴と友人と。
Heine角川に書かされ損となりしを云ひて帰らす。松本来り、体操試験延期となりしを知らず。藤原(※藤原幸子)と出て湊下車。歩きに歩い
て春雄の役所へゆけば府庁と。家へゆき夫人に明日病院へゆくと云ひ、上野芝駅前で茶のみて別れ、ふと千川(※千川義雄)
に寄り夕食よばれ、向ひの古本屋にて蘇峰『朝鮮役3冊(180)』と『東亜考古学論攷1(200)』と買ひて帰宅。
高野生より堺市教委の試験の模様を報ず。(けさ父に会ひsalary表、明日出せと)(西保和歌山より電話し来週金曜来ると)。けふ服飾の児
たちと写真とる。金忘れゆきて三苫氏より1,000借る。
2月26日
家を出て桂信子に遇ふ。10:30近鉄にて散髪。女理髪師に白髪1本見付けられし。日赤アベノ分院の南野
氏に会へば15:00頃ひまと。田村春雄に会ひ、ともに森礒吉氏病室
にゆけば入浴中と。東井、西山2家の件、名刺にかきてたのむ。春雄、金杉を知り東井を知りゐたり。昨日階
上にありしと。出て時間つぶしに心斎橋。梅本を訪ぬれば席にあらず。News映画見てまたゆく。生島、神戸の支店長となりしと。15:30日
赤にゆき中西の病院教ふ。自殺とて女舁き入れらるるを見し。
帰れば西保君より歌と手紙。相手氏、秀才と。斎藤生暖かくなれば丹波より出て来ると。佐瀬(※佐瀬良幸)
より9日(火)18:00労働会館にて堀さんのこと話せと。
けふ帰りの電車にて桑田博士と話す。『李白』書けよとなり。
2月27日
家居。藤原幸子よりハガキ。『東洋史研究12の6』。Report送り三苫君より1日迄に採点をと。富士(※鋼業の寮管理)のsalary出
る。
2月28日(日)
晴。家居。和田先生(※和田清)より「依然としてお若く少しも年を取られないので気強く存じました」と。伊
東花子氏より7日(日)13:00より静雄一周忌と。百済生より大日本セルロイドへ就職運動すと。NHKより絵葉書原
稿くれと。退屈まぎれに『延喜式神名帖』写す。
3月1日
登校、採点し事務にわたす。国文学のreportまだ4人出さず。高校漢文の試験問題なくなり日延べとなりしとて泉君怒る。明日やることと
す。白井(※白井三郎)に電話すればこの間、筒井(※筒井信義)に会ひ歓談せしと。黒田製薬社長より大高
クラブに長沖氏の話たのむと(3日の土曜)。佐瀬に電話すれば来よと。ゆけば山本をり佐瀬出られず。
cafeおごられ自動車にて梅田。天ぷらうどん食ひ雨に降られて帰る。(けふ疋田嬢に会ひ金曜に来ると)。文芸一般志願少く、守屋氏苦き顔し
をる。
3月2日
雨。ストなくなりしにより10:30高校へゆきしが午后と。堺脳病院に肥下(※肥下恒夫)を訪へば伊東の一周忌に出ると。供
物を共同にせんと云ふ。全田無人なりしが純子出産のため入院と。出て宿院まで歩く。思出すこと多し。
山の口に今井文岳堂あり。隣の小西古書店で魚返『中国の文芸(40)』。きつねうどん食ひ宿院より乗車、学校に帰り14:50より漢文の試
験。すみて天王寺でまむし食ひて帰宅。
竹村課長より電話、田中米屋一家心配しゐると。史、坪井より手紙持ち来る。伊東の日に伝へとなり。次田氏より校歌の見本。柏原生より
report。(学園新聞に「横顔」のりをり)。
※〈三月二日 田中、病院ヘ来訪、 夕ヨリ全田叔母ヲ訪ヒ、純子、渡留守ノタメ、夜泊ル。〉 肥下恒夫日記:『悲傷の追想』澤村修治著2012 92p
3月3日
徳永嬢へ27日参列のことわりを云ふ。鶴身陽子より手紙。12:30出て登校、藤原生をり。及第会議の表
出来しをり。八木家へ電話すれば外出。明日来よと云ふ。天満生に呼出しの[速]達す。松本生は体操とれしと。教授会にて藤原生、総代に選ばれ
祝辞は山本陽子。
出て(恰も来りて大江叔母の写真もち来し小野生とともに)半田生(※半田祐子)に単位不足云ひ、高野浩子にいひしてのち饗庭君にゆき壽岳博士
の伝言し、夕食賜はる。『東方学論集1』来をり。(けふbusにて我孫子の片山写真館と同乗、bus代賜ふ。片山清いま山本姓にて小学校教師
しをると)。
3月4日
9:00家を出て上平(※上平博子)を訪ねて警告し登校、10:30より学院出身の子の面接。理事長来を
り、何かと思へば恭子、文芸志望なり。12:30すみて待ちゐし八木、上平などに会ふ。上平には十合より断り来しと。鍵谷生(※鍵
谷洋子)に吉野書房奥西、高鳥への紹介状かく。藤原生に答辞書くことを命ず。やが
て院長に短大専属云へば考慮せんと。高野敏子大浜中学に就職出来しと菓子呉る。雨中、上平に貰ひ、と菓子をかかへて馬路宅を訪はんと北畠に下
車すれば、疋田生乗車。またのりて天王寺でjuiceのみつつ話して別る。電話4月1日より布施2348と変更、うれし。
3月5日
11:30登校、漢文試験、百済生来る。天満生来る。report提出せしと泣く。探せば在矣!14:00西保君来り、ともに出て加藤夫人に
会ひ、新村博士(※新村出)来られし時のsignたのみ、出て津熊家。照子君誘ひしもきかず、西保君の婚
約者の話ききつつナンバ。Cocoaおごられて別る。荒木君(※荒木利夫)に寄りcafeおごられ校正に
ゆけずとことわる。佐山『近代詩はいかに歩んだか(30)』。帰れば佐瀬君(※佐瀬良幸)より中
島健蔵のわがこと書きし(※昭和28年『文芸春秋 冬増刊』)を見しと。
3月6日
竹村氏より電話かかりて9:30までに来れとてやっと起きて朝食とる中、おそくなり電話かけしめてbusにて待合すこととせしに、1つまへの
bus。会社へゆきて乗り直す(父に会へば甚城祖父の写真もち来れと)。大手前高校へゆけば服部(※服部正己)
居り、長女ここへ入学志願と。ともにうどん食ひ、明日の伊東忌にと12:30高野線入口で待つと。
出てBKへゆきしもすぐ出、白井にゆけば帰りしと。島本に寄り地下鉄、十合の古書部を見、玉造に出て帰宅。
眞野喜惣治君より運動出来ぬ性質との手紙。入れちがひにBK志方好雄氏よりいつでもよしと。山前君より明日14:00より校正と。学院高等科
13日までに採点報告せよと。山前へゆけずとハガキ書き、史に投函にゆかしむ。
3月7日(日)
11:00出て坪井誘ひ12:30ナンバにゆけば服部待つ。湊
野喜代子と同車。13:30伊東家に着けば肥下、小高根二郎あり。斎田昭吉夫人、富士正晴、女詩人織
田喜久子と伊東すゑ男、令妹などにて14:00より読経。御馳走になり、コギトのみにてナンバに出てcafe。千日前にて小高根二郎と
taxiひらひて天満橋。帰宅19:00。
松本喜久子よりreport。藤原生より電話かかりしと。『新編南蛮更紗』買ふ。
※〈三月七日 午后一時ヨリ伊東宅 ニテ伊東静雄ノ一周忌アリ、田中、坪井、服部、小高根二郎等集ル。〉 肥下恒夫日記:『悲傷の追想』澤村修治著 2012 92p
3月8日
昼間無事。〒なし。夕方、島本と藤原の2class委員来り、鞄を贈る。西宮家への帰りと。そのあと衣川、大塚来り14日(日)入寮3周年記
念の会するにつき酒を出せと会社にいへと。昨夜の電話は西山夫人なりしと判明。補欠となりしにつき聞き合はされ、明日訪ふと答へさす。
3月9日
田中季雄氏、菓子もちて礼に来る。『祖国』の詩「伊東静雄に」送る。11:30西保、山中
2嬢よりのハガキ見て会社。杉浦部長に14日の会のこといひ学院高等部にて岩崎君に会へば森校長(※森礒吉)
も考慮せしが西山永子嬢の成績悪かりし故、補欠となりしと。短大にゆき丁度荒木君より電話かかりしをきけ
ば、佐々木邦彦君下阪と。代りて佐々木君15:00そこにて待つと。島本、百済、藤原3生と話し、守本、
三苫氏にきけば、島本顔まづき故、事務とれずと。青博士には西田を世話せしと。気の毒がりつつ西山家へゆき森校長に
会ひにゆけといひ、出て荒木君と話し16:00来し佐々木君と「正弁丹吾」で夕食。「面影」で待ちしも荒木君お
くれ18:00まへtaxiにて府立労働会館。12、3人相手に「堀辰雄の思出」話しtobacco2缶
もらひ、天満橋で喫茶。佐瀬と別れて片町より帰宅すれば浅野晃氏より『李太白』そのままにて出すは如何に
と。奥戸よりラングーンへ赴任の挨拶。布施税務署より申告せよと。(けふsalaryもらひしも税金と健康保険の額多し)。『祖国3月号』来
る。(東井氏の方、5日発表の筈なりし故、これも落ちしらし)。饗庭君より速水氏の件、西宮に継続出来るやうなりしと。
3月10日
9:00登校、試験監督し採点し、(伊東花子氏、相野(※相野忠雄)にと来らる。紹介状かきしも道まちがへて教へし)15:00出て白井(※
白井三郎)(出張中)、夫人に会ひ筒井信義の家きき、岸の里へ出てゆけば留守。名刺おきて天王寺へ出る。中川禎子より就職の挨拶。八木嬢より
仏書目録の訳直せと。
けふ悠紀子、税務署へゆけば前納税金1,000以上返してくれさうなりと。(文筆所得は半分に査定と)。けふ日野氏(※日野
忠夫)に高校の採点表わたす。黒田社長より長沖氏に講演たのむと。
3月11日
浅野晃氏に『李太白』のこと返事す。10:00登校、面接。青生より卒業式に出られずと。饗庭君よりお礼
に会食をと。山本陽子の祝辞直し、16:30及第すみて藤原生の答辞直す。中野清見より転任を竹内に運動
してくれしも返事なしと。(赤田町石塚で『露西亜五人集(100)』)。
3月12日
けふ休日とふりかへになり日曜のpingpongやりをる様子(昨日杉浦氏より電話ありしと)。岸明子、松山より絵ハガキ。
3月13日
9:00会社へゆき今村部長、竹村課長と協議。原監督忙しとて加はらず。家より電話かかり藤原生来り待つと。2案書き火曜に再来、専務に申す
こととして帰れば藤原生帰りしあと。
祖国社より原稿受取。徳永昭子嬢より21,28のどちらかに来てくれと。岩崎(※岩崎昭弥)君より27日
来て泊れと。小高根二郎より歯痛かりしと。日本浪曼派同人費1,000
と。岩崎、小高根2君にことわり状書く。
3月14日(日)
家居。伊東花子氏より相野(※相野忠雄)訪ねしが東京出張中なりしと。鍵谷洋子より祖国社訪ね、空きなき
も、よそへ世話すると云はれしと。15:00藤原生、友だちつれて来る。答辞添削。けふ教育関係2法案反対のため小中学校授業やる。
3月15日
10:00前、学校へ。卒業式。送別会。謝恩会とつづく。百済の兄、井上の母、西川の母、西山の母に挨拶さる。Albumもらひ16:30退
去。新潮社より『堀辰雄全集月報』の2,400−360=2,040。(西宮君(※西宮一民)、大手前高
校へ講師になりにゆくと)。
3月16日
9:00会社。近藤運転手負傷のため城平叔父遅く(父に2,000わたす)竹村氏と話す中、原君、酒の寄付を指示せしは我といふ。21日は彼
も用ありと。今村氏、杉浦氏(※杉浦実)と叔父に会ひ第一案。賄1人減(安部育)、食費3,000に値上ときまり、出て藤井寺。北
村ウメノ希望退職さすと。小野和子の件未だ返事なしと。(村岡薬局に寄り暁子に会
ふ)。出て小野訪ねcoffeeおごりて別る。男友達多くありと。帰りて『骨4』見、安部(※安部育)呼
んで退職せよと云ひわたす。西保恵以子よりハガキ来をり、彼岸過ぎ結納入ると。
3月17日
家居、昼ね。安部退職承知と。斎藤晌氏より「李太白そのままで送れ、既に一種の古典としての意義がある」
と。夜、大塚、衣川呼びて寮費値上げいへば新委員改選まで待てと。(夕食時、汎愛高校の進学係、古沢文雄氏(13回理乙)、蛇口三郎(教頭
と)の名刺もちて補欠入学について尋ね来る)。ビキニ環礁への原子病マグロにて騒がし。
けふ悠紀子、化粧品買ひ来り徳永昭子氏にお祝として贈る。(670+55)。我もお祝にゆけずと手紙書
く。
3月18日
『不二』来り、40そこそこで翁呼ばはりよせと保田のこと云ふ。13:00会社へゆき杉浦、今村両部長に
報告(安部(※賄人)辞表を出さずと云ひし。池元、辻(※賄人)2人
は喜ぶ色あり)。天満より歩きて読売。埜沢君に『骨4』をわたし、山本事務所にゆきて佐瀬に『骨』わたし、電話して和島事務所にゆけば岩吉氏
あり。Coffeeのまされ美子君と出て梅田新道より別れ、ヨシカズ書店で『諺文聖書(100)』。大毎へゆけば天野愛一不在。『骨』ことづ
け大朝へゆけば後藤所用。吉井栄治君と2人に『骨』托し、荒木君にゆけば他出。Busにて相野家にゆけば学校(※大阪学芸大
学)と。(※相野忠雄)夫人に伊東マア子のことたのみて『骨』置き、林叔母に寄って話す中、叔父帰り来り、夕食よばれ
て退去。
けふ中野トシ子来しと。けふ斎藤晌氏に元々社の件承知、4月半までに原稿送ると返事す。
3月19日
家居。成尾生より卒業の挨拶。山前君より28日締切と。安部(※安部育)呼びて辞表出せとすすむ。夜より
「李太白」かき直しはじむ。
3月20日
インク買はして「李白」かく。13:00会社へゆけば島田君父(のちに安部にきけば今川夫人の姉の夫と)死にて葬式とて父、甚幸、原君のみ。
原君「(※賄人)安部より辻をやめさすべきなりし」と云ふ。帰りてまた「李白」。斎藤文子氏より高野三国
丘中学にきまりしと速達。はるみの手紙もあり。上平逸治氏より卒業の礼状。夕方、古沢君また山崎生の入学につき来る。
3月21日(日)
入寮3周年といふをぬけて登校、10:30より2部の面接。文芸26、服飾22、英文14とて13:30終る。西宮君来り、南野女史の紹介で
暁明館にゆきし女薬剤師、中西の気に入らざりしと。学科構成、守本氏にわたし、(高野に電話すればまだ校長より通知来ずと)。汎愛高校のこと
云へば院長(※神崎驥一)頑強に反対。16:30すみて白井に行けば今日発表あり合格せしと。南住吉住宅
へゆき硲君に伊東詩碑の件たのみ、山本君(※山本重武)に
もたのみ上野芝斎藤家へゆけば夫人のみ。礼云ひ駅前にてうどん食べ田村へゆき、21:00出て帰宅。
けふ11:00城平叔父来り、1級酒2本くれしと。藤原、島本2嬢来り菓子くれしと。壽岳先生より「蘇東坡」ほめて来らる。
3月22日
10:00安部つれて会社へゆけば明日午また来よと。城平叔父機嫌よく学院へ茶・生花の師いれんは如何にと云ふ。硲君に『祖国』2冊、中野清
見、西川に『骨』送りて帰宅。汎愛高校古沢氏に電話かからず、史、帰りてより会社へゆかせ父に代りてかけてもらふ。西保恵以
子より27,8日許嫁つれ来るは如何にと。彦根より俳句のよせ書。「李太白」書
く。田中季雄氏よりgift check?
3月23日
晴。家居。八木嬢よりハガキ。旗田巍氏より『李朝実録抄』送り返せと。けふ安部育、会社へゆき30日また
来よと云はれしと。「李太白」73枚となる。長沖氏の昨年収入220万円と夕刊に出たり。
3月24日
晴。家居。また痔痛む。島本生より就職とり止めた放心せよと。安部(※安部育)、夕方引き払ひゆく。きの
ふ金の方の支払ひすみしと。夜、宮本君来訪。この間彦根の卒業式にゆきしと。白井三郎より坊やの今高入学を報せ来る。
3月25日
家居、「李白」109枚。高野敏子より礼状。東井夫人、入学の礼に来り、2,000のgift checkもち呉る。
3月26日
家居、佐瀬君より電話。高垣金三郎、東京本社へまた転任と。西田敬一より同窓会名簿わけてくれと。大手前高校より史、講習に欠席しをりと。西
保嬢より28日15:00[不二屋(※不二家)]1階喫茶部にて待つと。元々社より原稿用紙送ると。「李白」の予告、読売新聞に出たりと。筑
摩の方なり。
3月27日
会社へゆき杉浦氏に竹村氏にとcheckわたして出しに、父に会ひ、叱らる。学院へゆき28年分収入表もらふ。年末調整しゐる由。守本主事速
達出せしと。きけば院長また考へかはり高校やれずやと。Base-upはなきどころか下がることもありと。いやな顔して出、戎橋いづもやでう
な丼食ひ、梅本にゆけば高垣の送別会やめてよしと。山本にゆき「衣笠」で昼食するを見、また引返して待ち
16:00ともに丸善へゆき坪井の長男への祝に金penの万年筆買ふを見、玉造上田氏へともにゆきて夕食。19:00坪井へ同道、山本先へ帰
る。坪井(※坪井明)、府教委へ転任と。20:30出て帰宅。
高野生より体格検査通ったと。八木嬢より仏文書目。けふ高垣へ電話せしがゐず。『文芸日本』大鹿卓氏と蒔
田廉(蒲池欽一) 氏へ『骨3、4』送る。炊事のsalary払ふ。けふ山城、津熊2生に会ひし。
3月28日(日)
よべ雨。昨日に引きつづき暖し。藤原生よりもはや勤めゐると。西川より『骨』の礼状。饗庭君より速水氏2令嬢開成へ入りしと。元々社より原稿
用紙と田中忠雄『善と現代人』。14:00出て鶴橋。千日前で古本屋へゆけば天理図書館の上野をりし。[不二屋(※不二家)]前で待つ内、西
保嬢と婚約者梅田君とあらはれEspaniaでcoffeeおごり「日本歌人」の会へとtaxiでゆき、前
川佐美雄と会ふ。城の前歩き、また喫茶。15:20になりて別れて大阪駅より吹田へゆきて泊る。夜、雨。
3月29日
10:00吹田を出て梅田より市電。秀英印刷へゆき饗庭夫人に会ひ速水夫人に来てくれるなとの伝言たのみ、汎愛高校へゆき蛇
口教頭(※蛇口三郎)に会ひ、三菱商事にゆき横山(※横山薫二)に会ふ。山中嬢
(※山中タヅ子)とにcoffeeおごり呉る。日生へゆけば松本(※松本一秀)
また鰻おごり呉れ、藤原(※藤原幸子)を凸版2階へ呼出しまたcoffeeおごられ天満橋。鳥羽正雄『日本の城(100)』買ひ、busにて
帰宅。高野けさ10:00頃来てお礼にとwhite shirt呉れしと。上平生、小野生、浜谷、吉本と謝恩日の如く郵便来りをり。
3月30日
小野生に1日に電話してくれとハガキ。「李太白」書く。南野コウ氏より暁明館に加藤恵美子氏就職せしと。丹波道久よ
り14、15両日の中(※警察学校の講演に)来られぬかと。長沖氏の所しらせと。村上律久氏より礼状。「李太白」184枚。2部の歴史試験問
題を作る。
3月31日
10:00家を出て学校。試験問題わたし11:00出て姫松より乗車。交叉でのりかへ(ランケ『世界史概観(50)』『忠臣蔵(30)』)、
今川へゆき正平に祝(500)やり、外へ出て叔母、隆平に会ふ(隆平も中学と)。古本屋見つつ上六。穂積重遠『結婚訓(30)』買ふ。けふ岩
本夫人来りwhite shirtたまひしと。西保嬢よりハガキ。藤原幸子嬢より同。
4月1日
家居。百済璋子より大日本セルロイドに就職と、めでたし。梅田善彦君
より礼状。花井彩嬢より卒業の挨拶。辻賄人、病気とて心配、ゆき子手伝はす。けふより布施局に電話かは
り、先づ10:00小野和子より電話、すぐ来てくれといふ。西田敬一より電話、一度来れといふ。丹
波道久より15、16両日のいづれかの都合つかずやと。12、3日頃返事すと答ふ。小野君15:00前、菓子もって現
はれ18:00まで20枚ほど(※「李太白」の清書?)書き呉る。縁談どうでもよしと。
4月2日
よべ辻賄人また苦しみ池川医院来診。腹膜炎とのことに竹村氏に電話し上田氏呼び10:30淡路町の福井病院に入院せしむ。11:30小
野和子君来り、17:00すぎまで写して呉れ、あと50頁ほどとなる。山前実治君
より8日17:30依田邸へ来よと。けふ父neck-tie呉れとて来る。史、九州旅行にと17:30出てゆく。
4月3日
家居。悠紀子、依子炊事を手伝ふ。われ風呂をたく。「李白」398枚にて終りとなる。高野敏子より手紙。
三国丘へ斎藤堅太郎先生転任されしと、よろし。
4月4日(日)
小野和子より電話、相手に愛人ありとて大江叔母ことわれと云ひしと。同窓会にゆくと云ふ。西
田敬一より電話、10:30頃来る。「今中十九期生名簿」貸す。ともに11:00出て京橋で別れ、学校へゆく楳垣、中
田、西宮3氏(※楳垣実・中田秀雄・西宮一民)来りをり。鍵谷、中川、萩原、天満、則武、林、八木、北沢
など短大新卒のみ。小野和子と話せば大江叔母また十合の「醜き男」を世話すと云ひしと。今年度の時間割見にゆけば火、木、金の外、水曜出勤と
なりたり。出て白井にゆけば在宅、寿司出してくれ服地礼にやらんと。断りて出、busにて新世界。矢沢利
彦『中国と西洋文化(40)』、津田左右吉『日本人の思想的態度(30)』、『そんへえ・おおへえ上海生活三十五年』買ひ、福井医院へ辻(※賄
人)見舞ひ、すぐ近くの饗庭君(※饗庭源吾)にゆきて帰る。留守に守屋君来り、三
上氏の伝言ありしと。
4月5日
守屋美津雄君再来、『満蒙史料李朝実録』400冊そろへて見せねばとのことにて托す。依子を郵便局にやり『李
白』を元々社に書留小包せしむ(105)。橋本須美子より今日退院と。あとで依子受取もち来りしを見て「元々社」を
「生活社」と書きしこと判明、心配なり。斎藤氏にもその旨ハガキす。
午后会社へゆき伊津井を借りることにきめる原課長代りを入れよと云ふ。帰り天理教徳庵分教会へゆき心当りなきかきき三島江までゆきしも駄目。
4月6日
雨、〒なし。鮮訳(※朝鮮語訳)『新約聖書』を写す。夜、史帰り来る。
4月7日
曇。午前中、佐伯氏の紹介にて引揚住宅より一女来り、午後再び来れといふ。短大より電話、守本氏夜学の時間割にて明日来よと。天理教徳庵分教
会よりも人ありとてつれ来りしを断る。亀井(※亀井昇)来り、月末土曜にclass会すると。14:00竹村氏来り、ともに栗林夫人(夫、宮
崎県小林にありと)に面接し、10日間ほど手伝はすこととす。夕方服部(※服部正己)来り、入学の保証人として印捺さす。夫人流産にて臥床
と。村上嘉実博士、市大の助教授会より否認され部長あやまりにゆきしと。関口君(※関口八太郎)より学校
移転の為、小平鈴木新田に住むと。
4月8日
京、けふより幼稚園。先立ちて出、天理教へpine-apple礼にもちゆき9:30学校へゆき14:00までかかりて時間割きまり前期火水
木金(木,夜)、後期(月,夜)ときまる。『鴎外全集』最終回受取り、busにて天王寺、省線にて京都。
16:30祖国社へゆけば玉井(※玉井一郎)上洛、高知の吉村淑恵上
洛、しばらく話し、市電にて河原町丸太町古本屋にて鴎外『意地(40)』、吉田小五郎『聖フランシスコ・シャヰ゛ヱル小伝(90)』買ひ、依
田家へゆけば依田君(※依田義賢)20:00まで他出と(母上76才となられると話し)。19:30来し
山前、井上2君(※山前実治、井上多喜三郎)と話して依田君来るをまちて井上君帰り、我と山前君
21:00出てtaxiにて京阪。
けふ伊東未亡人よりまき子2部へたのむと速達。津田侑(※賄)より伊香中学に奉職と。木
下夕爾より薬師寺衛を知ると[〒]。
4月9日
晴、家居。京、幼稚園2日目。元々社より原稿受取り来る。上村肇氏の『河』送り来り、伊
東詩碑5万円以上集りしも秋に延期と。けふ伊東未亡人に速達す。
杉浦氏(※杉浦実)より電話、田中康平叔父の義弟、豊中の火事にて公傷死亡、明日今里にて葬儀と。
4月10日
晴、京、幼稚園で泣きしと。午後〒松本善海より忙しと。山中タヅ子嬢より。けふ我もハガキ4枚かく。『骨5』のための詩出来てうれし。佐瀬に
電話かけて来よと云ひしに来ず。
4月11日(日)
晴、家居。鶴身嬢(※鶴身陽子)より写真同封、兎を飼ふと。百瀬弘氏より平凡社の『人名
辞典』の執筆項目。今村羊子嬢より郵便はなるべく手紙でと!『骨5』の8ポ言9枚
書く。
4月12日
登校(定期買ふ。徳庵からも連絡売る也)、10:00より入学式。院長(※神崎驥一)1
時間話し、教務学生西課長の話あり12:00となる(森高校長(※森礒吉)に礼云ふ)。疋田生来り、宇宙
物理の大学院学生と話し出来しと。学科指導し(けふsalary呉る。25,000に本俸とりし)て出、住高へゆき山本君(※山
本重武)と話す。同窓会は出さぬやもしれぬと。転部願ひ出し夜学生2人にcoffeeおごり地下鉄にてナンバ。『晏子
春秋(70)』買ひ、荒木利夫にゆけば不在。丸善にゆきRamstedt『a Korean
grammar(825)』見付けてもらひ(Langenscheidtにてはなかりし)、『堺市地図』しんしん堂で買ひ、新谷医院に寄りして帰宅。
徳永昭子氏(新姓秋山)秋田県平沢町にありと。
4月13日
10:00会社へゆく。竹村課長、父ともに支払でぶつぶつ云ふ。とりあへず10,000預りとなる。栗林を山本藤助邸
へ世話したしと。炊事の保険負担問題となりをると原氏の話。府庁へゆき指導主事となりし坪井に会ひ、昼食おごられて出、辻(※賄
人)見舞にゆく。まだまだの様子(三越で豊公展しゐるを見る)。沢田弁護士(※沢田直也)
を訪ね島(※島稔)の時の礼云ふ。出て梅新、高尾で信綱『近世和歌史(70)』。天満へゆき夕食上うなぎ食ふ。柳井三千比呂氏
より誤植のわび状。
4月14日
10:00登校といふに9:30行き、始業式。壽岳、中西2博士の話きかされ、すみて2年の学科指導。す
みて教授会食。教授会はじまる頃、大菊妹、薬専を受けるため退学、予備校へ入学すと。
伊東母子来り、入学試験の手続きす。東生来りしを待たし教授会、
16:00までかかりてすみ、ともにナンバに出てjuiceのみ、きけば市大講師と1年間交際せしも断られ煩悶すと。別れて南田辺へゆき千川
の前の古本屋で蘇峰(※近世日本国民史の『大阪役』巻)を買はんとせしも店主不在の為わからずと。八木一江家へゆき電話かり、夜学の始業式に
出られずと云ひ(一江お茶にゆきしと)、千川で19:00までゐしも結局『大阪役』借りて帰る。『祖国』来をり、伊[藤]静雄と誤植す。岩
崎昭弥より岐阜へ転居せしと。歴史と漢文の採点すます。
4月15日
行きがけ閻魔帖忘れ採点呈出できず。12:00前授業終る(国文購読わが方20人ほどにて丁度良し)。東生14:00前来り、聴講生よしとな
る。半田(※半田祐子)、女子大を受けず図書係を院長に志望しいやな顔されしと。
丹波(※丹波道久)14:20迎へに来り出て警察学校にゆき(※講
演)、大阪落城の話すと云へば拍手さる。16:30すみ天王寺まで校長と同車。炒飯たべて登校、疲れに疲
れし。19:45やめて帰宅。百瀬弘氏よりハガキ。
4月16日
登校前、時計屋に寄り直しをとる(300+靴150)、曰く「余り良くありませんよ」。散髪しゆきて硲君、昨日来しときく。午後の歴史、小講
堂に一杯となり、少くなれとすすむ。早くすませ堺東で下車。三国丘中学へゆく途、古本屋にて『初夜権(90)』。出れば高野生に会ふ。今から
大浜へ新入職員歓迎会にゆくと。斎藤先生(※斎藤堅太郎)、旧校長と比べて評判悪く大騒ぎと。堺東駅で別
れ殿馬場中学校へゆき斎藤はるみ生を呼ぶ中、校長先生に挨拶すむ。出てともに山の口。柳田国男『時代と農
村(80)』、平瀬己之吉『近代支那経済史(200)』買ひ、喫茶して別れて帰る。疋田生よりあの(※結婚)話断りしと。けふ荒
木利夫に原稿催促の電話す。
4月17日
家居。〒なし。竹村課長来る。(その前上田消防士来る)。
4月18日(日)
雨、家居。ひるまへ自治会より呼びに来る。寮費値上とbase-upとは本来無関係といひしに、それでなければ了解せずと。結局値上は認めし
也。税務署より申告と事実と相違あり、明日午前中来よと。饗庭君より一度来よと。
4月19日
よべおそくまでねられず。悠紀子税務署へゆきしにより幼稚園へ迎へにゆきしに11:00に悠紀子まにあひ、大朝の稿料の外にありやときかれ、
なしと答へて決定せしと。駅前で昼食し、会社へゆき原課長に寮生のsalaryうつさしてもらひ可成り良きに安心す。城平叔父に会へば不機
嫌。竹村課長とbusに同車、600万円で購入の機械動かずと。(父にきけば河野岑夫(※義弟)東京へ転
勤と)。天満橋にて藤岡『国文学全史(100)』、モーパッサン『女の一生(70)』、山本事務所へゆけば無人。梅田新道リーチで柳田『日本
農民史(80)』、土田で『女性の心と言葉の歴史(40)』、高尾で柳田『言葉のいろいろ(80)』と買ひ、毎日へゆけば天
野愛一不在。朝日で山田新之輔に会へば奈良女子大に我きまりしと。可怪。もとの義
父死に2,000万円の遺産審さしにゆきしと。『今鏡』探してもらひ20%引きにて分けられ、市電にて荒木利夫に
ゆきしに不在。野崎も不在。「面影」でtoast食べ登学すれじ夕食出ると。藤原生来りをり、青に会ひにゆくと、この間しばらく松本胆石にて
休みしと。八木一江よりハガキあり、電話すれば不在。試験監督し伊東の子、あまり出来さうもなきを見て帰
宅。大(※西島大:弟)より貧乏しゐると。
4月20日
10:30幼稚園の方、廻ってゆき、11:30登学、2部入試の採点すます。硲君来り、火曜の午后あくることとなりしと。永井いつえ氏より電
話、明日来よと云ひ、あとで明後日とかけて訂正。14:00授業すみ漢文歴史の点教へ、田辺まで歩き『近世日本国民史3冊(200)』買ひ、
千川(※千川義雄)に寄り荷風『裸体』貸され16:00出て近鉄departに寄りて帰校。まむし食はさ
れ面接。伊東まき子4番の好成績なりし。文芸で1人落し、来月9日(土)文化会館で話せよといふに承知
し、21:00すぎ出て帰る(けふ石浜doctorに会ひし)。堀君(※堀亘)の母君より大体話きまりしと。西岡生より写真。
4月21日
家居。昼寐ちょっとし『荷風戦後日暦』よむ。安村佐恵(今市)よりおのろけとpicnicに誘ふと。今中
自彊会より役員会24日14:00と。夜、長山、大塚と寮費値上の懇談。けふ父、岩倉の某翁つれて来る。
4月22日
電話竹村氏にと悠紀子に命じ、ゆけば阿倍野交叉点で衝突とて電車不通。Busでゆき歴史やりLoreleiのprint切り、購読すませ、永
井夫人に筒井君への紹介状かき[揚]餅もらふ。
よべ寡眠にてだるけれど住高へゆき山本君(※山本重武)と話し、『東洋歴史大辞典』見、硲君と別れて上町
線。学生2人つかまへ手さげ籠かひ(500)、cream
sodaのませて高井家へゆき、お祝ひとして渡し新世界。『中古三女歌人集(60)』買ひ中国書2冊買ひ(100。200元が1円と)、市電にてナンバ。
出雲屋へゆく途、元養徳社松井君(※松井信子)に会ひ鈴木、浜谷2生に会ふ。出雲屋に吉
田栄次郎ゐし。すませて近鉄案内所。5月5日和歌山へゆかんと野崎(※野崎その)
いふ。市電にてまた学校へ帰り夜学。宮沢弘子より写真送ると。鈴木豹軒博士喜寿4月29日にと。
4月23日
登校、2時間すませ小野にゆき見れば料理習ひにと。Bus待つ中、鶴身生に会ひ同車して堺東。高野敏子訪ぬればまだ帰らず。字引と坊やへの菓
子置きて出る。母君涙流しゐたり。
堺東駅で肥下夫人に会ふ。夜学の入学式に伊東のまあ子来りしゆゑ『祖
国』わたす。深沢生(※深沢美智子)来り、昨日保田、大阪書籍へ来しと。用
ありげなりしも小野和子と歩き北村ウメノ氏また藤井寺に来ゐると。この間も一度十合hand-back氏に会ひしと。帰宅21:00。
西保よりのろけ歌、見原文月16日死せしと。佐々木邦彦より詩稿おく
れと。八木嬢より仏文直せと。
4月24日
10:00会社へゆき今村、竹村2氏に話せば金額300でも宜しからんと。上田消防士も来合せゐしが、去りしあと辻(※賄人)
の病気に気をつけよと原君。伊津井に400礼として与ふることとす。父に会ひ5,000預り、山本事務所へゆき佐瀬(※佐瀬
良幸)と話す。山本tripper(※淋病)を妻に与へしと、やれやれ。隣の先生にcoffeeおごられ14:00帰
りて山本(※山本治雄)に話しかければ営業妨害すなと。
今高へゆき筒井(※筒井信義)より600名簿代として貰ひ、50周年の計画きき伊豫本一(阿
倍野高校)に挨拶し、丼よばれて出、東にゆく。日中友[好]とて台湾人相手の商売なりし。ともに出て「面影」にて喫茶。別れて天牛南店にて折
竹『仏文法(30)』。市電にのり下味原にて国府犀東『大塩平八郎(70)』、『復活(130)』、今井邦子『清少納言と紫式部(60)』、
羽太鋭治(10)買ひて帰宅。電車にて赤星(※寮の自治会長)と同車。電灯のmeterみてくれとたのみ
帰宅すれば青木富太郎の抜刷。
19:00すぎ八木嬢より電話あり、夜、来るやもしれずと。21:00より23:29まで駅に待ちしが来ず。富田林のPLにありしと。
4月25日(日)
9:00八木嬢(※八木よし子)来り、きけば御木氏(※義兄)に会ひ父君の貸金片付けよと説教されしと。
昼食後ともに出て天王寺で別れ、辻(※賄人)見舞ひてきけば淋病ではなしと。饗庭君(※饗
庭源吾)にゆけば速水氏よりの礼として2,000の商品券。大塚来ず22:00まで待ちて眠る。百済生より羊羹。
4月26日
家居。夜、大塚ら6人来り、寮費360円値上(5月より)と云ふ。小倉の現実肯定をききて不快。けふ百済より手紙。『文芸日本』5月号。史の
担任中塚先生より明日来てくれと。
4月27日
登校前、竹村氏に電話で報告。大手前高校にゆき中塚先生に短大の特色いひ、市電にてアベノ橋、12:00学校へつき、中川生の就職ハヤシシン
へとの旨、藤原生の電話でたしかめ学生課に報告。国文学史2時間やりて帰宅。片町線鴫野より来るが宮口生(※宮口時喜子)なり。
けふ学校へ宮沢弘子より堀生(※堀亘)5月4日松坂屋にて結婚、相手
は27歳の浅野氏と。家へ咲耶(※妹)より岑夫転任の挨拶に来ると。
4月28日
朝、又々電話、岑夫京都へも明日と。登校の途、寺田町の石塚へより『ヘルデルリーン詩集』『暮しの言葉』
『江戸の町人文学』(155)買ひてゆく。停留所で帰る子つかまへて叱り、college
hourなるものに出て不快。守本主事の話ききて不快。14:00出て藤井寺。叔母ゐず房子と話す。久美子、松尾三郎に未練ありと。北村ウメノにくやみ云
ひて出、悲田院に清水文子を訪ひ、ともに駅に出、松原で下車。肥下訪
ねしに無人。
夜、salaryわたせば池元昇給は、ときく。栗林、姉2,3日中に来ると。伊津井に礼400つつむ。上田澄夫より身の振り方帰りて相談す
と。八木嬢より混雑の中を帰り疲れしも無熱と。
けふ学校へ西田敬一来り、成尾、浜谷の2生来る(礼いらず、助手すると)。
4月29日(天長節)
電話かかり城平叔父360円の寮費値上では納得せざりしとのことに竹村氏に会ひにゆく。今村氏とも相談の上、城平叔父に会へば3年後の今は負
担さほどする必要なし、竹村課長を午前中にやりても良し。5月2日10:00より話にゆかんと。大塚を呼びて云へば困りし様子なり。帰れば岑
夫(※河野岑夫:義弟)来り、東京駅前の新丸ビル内の本店にかはり五反田の寮より通ふと。すし食はして別
る。藤田久一より日亜製鋼に転勤せしと。けふ第2次私鉄stなり。
4月30日
出勤。途中、私鉄departにてstratz『女性美(100)』。2時間教へ疋田生に電話かけ5日の遠足きけば知らず。出てナンバ。荒木
利夫訪へばまた不在。『詩人ハイネの臨終の恋(90)』買ひ、近鉄案内所へゆけば野崎不在。5日の遠足すと。面影にてice-cream(千
日前にて服部に肩叩かる)大丸まで歩き(Alain『スタンダール(30)』)、elevatorにて鈴木生に会ひ、梅本訪ねしに不在。梅田
へゆき万字屋で『台湾文化史説』100円となりしを買ふ。他に『纏足を解きし中国 下』『唐詩及唐詩人 下』を新本で買ひし。寮費の話合ひ3
日午後会社でと。辻(※賄人)帰り淋菌なしとの診断書提出。
5月1日
May-dayとて寮生ゆく。辻に会へば悪病でなきことを云ふ。午后、青山喜惣治よりハガキ。彦根に転勤と内定せしを謝すと。井上斌子より山
中、今市夫婦と2、3両日塚本生の家へゆくと。斎藤堅太郎先生より三国丘中学へ転任の挨拶。堀好
枝氏より亘嬢4日結婚の通知。高野敏子より図書室整備で忙しと。
5月2日(日)
家居。〒浪華芸文会より8日森三樹三郎氏の講演と。ゆけず。帝塚山文芸クラブより5日9:00ナンバ発
と。郊外電車st.
5月3日
10:00すぎ城平叔父より電話、12:00来よと。石川喜久子の桑港よりのヱハガキ。11:30雨中をゆき、寮経営を自主的にやるため5月
を準備期間とせよとの話。寮生不審らしく石井、大塚あとで訊ねに来る。
5月4日
会社へゆけば竹村氏欠勤。請求書ことづけて出る。岑夫(※河野岑夫:義弟)ゆきしに母不在にて咲
耶(※妹)怒り来しと。散髪して登校、国文学史2時間やり、出て古本屋まはりstendhal探せしもなし。小[阪]
の堀内までゆき『今昔物語5』新刊にて買ひて帰る。大塚来り、神経衰弱的な顔を見せる。哀れなり。
5月5日
子供の日。早く出しつもりがナンバにては9:15。立川(太田)、藤野、伊藤の3人と会ひ同車でゆけば和歌山駅で楳垣先生(※楳垣実)。他に
鍛冶姉妹、東、岸、北野、野崎、山荘、吉川、和島と案内の宮沢嬢と総勢15名となる。新和歌までバス。宮沢嬢、西保君よりのneck-tie
預りゐてくれし。新和歌で昼食。すしを用意しおきくれ、話し、写真とり、紀三井寺へゆき、また南海駅まで帰り、15:55にのりてナンバ。伊
東、東、岸、野崎、山荘、吉川、和島とice-creamのみて別る。『赤と黒(110)』『恋愛論』2冊見付け、吉田(※吉
田栄次郎の)いづもやでまむし食ひて帰宅。中馬君(※中馬敦子)、生
田姓となりしと。太田夫人の夫君は泉山三六の甥と。
5月6日
登校、丹波より電話かかり20日15:00よりの長沖氏(※警察学校)講演とりつぐ。石浜先生(※石浜純
太郎)にきけば中山眞柱6月10日発南米行と。新城英太郎氏6月末に
て退職ときめられしと。桑田博士還暦記念会1,000位にてやる予定と。長沖氏にきけば明日眞柱の送別会と。荒木利夫に電話せしも不在。『赤
と黒』よみて時間つぶし教授会。5月最後の週の行事山ほどにて疲る。帰途、小倉と共になり城平叔父の心事を疑ふと。『東方学論叢2』来る。西
保、井上斌子2生へハガキ。
5月7日
登校前、会社へゆき会計に請求書わたし今村部長の意見ききしも専務の云ひ方あいまいとのみ。13:00出て天王寺美術館へ国吉康治展と行動展
見にゆき西阪(※西阪修)に会ふ。八木生をらず。出て帰宅の途、気がかはり天理まで切符買ひ生駒下車、服
部(※服部正己)にゆけば在宅。誘ひ出して眞柱送別会へ行き見れば眞
柱腫瘍にて面会謝絶の所を一寸出て来て挨拶受く。大高クラブ会長桐山氏なり。中島賢三(※中島賢蔵)とい
ふに驚けば元知事の天理市長候補同席にて黒田、熊野、阪急専務、山崎三七喜ら知れる人多く酒のむを逃げ出し高橋家にゆきて泊めてもらふ。テレ
ビ見せらる。
5月8日
よべ眠れず。9:30高橋君(※高橋重臣)と出て(※天理)図書館。秘密諸社関係なく、タバコ吸へず山
崎忠君にcoffeeおごられ、岸氏(※荒川正二)と話し、よべ話にききし新井、
富永両combに会ひて挨拶し、11:30出て天理時報により瀧井氏(※瀧井芳次)と話す。大和方言集を
作成しゐると。出てうどん食ひ八町屋敷見ながら東詰所にゆけば八木君(※八木よし子)帰らず、母君に神戸
の山上にありとうそつき、やがて来し大井夫人(10回理丙大阪学芸大助教授)と話して下り、天理駅。生駒にて服部夫人に
会ひ、ヒステリックな話きき傘とりて出、上六に着けば45円。うどん食ひて市立会館、30人近くなりしに詩と恋愛の話し、清水生とアベノ橋ま
で歩きice-cream食べて待ち、木場氏より500もらひて23:00前帰宅。
山崎忠君よりききし如く平凡社より20日まで延期の通知あり。父来り、支払ひ我のせし如く装へと云ひしと。
5月9日(日)
雨風。午眠ちょっとやり16:00出て小阪、堀内で中川善之助『日本の家族制度(80)』買ひしのち松本家に寄り見れば不在。胆石病また悪し
と夫人心配しゐる。傘借りて中西(※中西義章)にゆけば不在。引返して大雨の松本家の前で中西に会ひ八木
嬢(※八木よし子)のこときけばもう(※結核)よしと。松本へ傘返しかたがた寄りて話す。帰れば自治会よ
り呼びに来しもゆかず。
けふ西保嬢より家庭の設計談。佐瀬良幸より講演会の切符売れと。
5月10日
朝、竹村課長来りかまど修繕さすに話し、阪急へ買物にゆきし悠紀子の帰るを待ちて会社へゆき10,000手持金とし、城平叔父に手紙置き、学
校へゆく。卒業生15:00来はじめ疋田、西保、島本、藤原、野崎と文芸好成績、他は服部、中井、英文山荘、食物八木のみ。わが鼻高く八木を
のぞく7人と戎橋に出ていづもやでまむし。面影で喫茶。野崎、山荘taxiで鶴橋、帰れば21:30。
途中片町線で住道の服飾2年に会ひし。珍し。(けふ藤原neck-tieくれ、小野電話かけて来し)。堀内民一よりハガキ。堀
場正夫へハガキ。けふsalary29,000もらひし。
5月11日
登校、佐瀬に電話かからず。出て荒木利夫君にゆけば在り。井上多喜三郎の原稿のため遅刊ならんと。日夏耿
之介『サバト恠異帖(40)』買ひ(けふ行きがけアベノで高群『女性の歴史 上』買ふ)、梅田にゆき菓子食ひつつ20:00まで語らひて帰
宅。山中タヅ子より眼悪くせしと。『祖国 宮崎滔天号』2冊。
5月12日
創立記念日とて休み。辻賄人あと1週間引つづき休ましてくれと。佐瀬(※佐瀬良幸)に電話かけ切符うれず
といふ。『清史稿』の本紀よむ。
5月13日
定期券買ひて(940)登校、午、西保君より電話かかり14:00「面影」で会ふと約束。永井夫人より電
話かかる。出て「面影」にゆき、ともに「天牛」、西川満の『台湾脱出(40)署名本』、「大丸」にて『平妖伝(100)』。喫茶し近鉄案内所
へゆき野崎嬢(※野崎その)に会ひ藤原生(※藤原幸子)と会ひ、きけば卒業式の日30,000盗られ一昨日守本氏(※守本文生)よりの橋渡し
にて6,000醵金もらひしと。夜学教へ、まだをりし藤原生さとして帰らす。眞野君よりまだ発令にならずと。(けさ帝塚山書店で『ユージェニ
グランテ(80)』)。鈴木豹軒先生の頌寿30日と、またゆけず。
5月14日
京、発熱せしとて幼稚園を休む。登校、「かもめ」に『鴎外全集翻訳篇(800)』2冊来をり。西宮君(※西宮一民)
よべ上京と置手紙しあり。永井夫人来る。森桃子来る。帰れば中野トシ子より電話。
小高根二郎より高橋重臣の同人承知した。「日本浪曼派」に吾も入れと。山崎実治より井上多喜三郎の原稿未
着と。(けふ大菊生の母来り退学願出す)。
5月15日
けふ悠紀子藤井寺へゆくと云ふに9:00会社へゆけば城平叔父、父来しところ。寮費について云へば明日寮へゆきて話さんと。竹村氏と同車にて
天満橋。府庁へゆき坪井(※坪井明)の室にゆけば不在。三竝・荒井(※三並敏邦、荒井平
次郎)の室にゆき喫茶室に案内さる。(京阪書房で『大和物語(40)』『春夫詩集真珠篇(60)』『京大日本史
1(100)』『解剖台に倚りて(60)』)。三竝5月1日結婚せしと。6月トンボ会(※浪中の教へ子同窓会)すると。日赤へゆき松
井信子君を呼吸器・婦人科とたづねまはり警察会館で昼食す。わが大阪転任を母君にしばしば云ひしと。歩きて岡山町に
出、上田女史(※植田初枝)訪ね、山本治雄への忠言たのみ京橋で別
る。佐瀬良幸よりハガキ。雨で講演会の入り悪かりしならん。悠紀子帰り来り、叔母男孫を大切にすと。
5月16日(日)
水道管こはれ溢水。10:00城平叔父来り、寮生と話し[軟]かにて安心す。11:30帰る。午后、守屋美都雄に
ゆけば来客とて上げず、桑田博士還暦祝賀会の計画見す。可笑。『明史』2帙借りて帰る。Dien-bien-fuは奠辺府とおぼえたり。
5月17日
家居、郵便は天野美津子詩集『車輪』。電話、松井信子氏より、明日16:30まで病院にて待つと。京、け
ふまた風邪にて休む。『世界人名辞典』かく。Radioにて堀未亡人(※堀多恵子)の声きく、万感こもご
も。
5月18日
登校、小野和子より電話ありしと。宮沢弘子より南紀へゆきしとヱハガキ。試験手当1500もらふ。今高の筒井(※筒井信義)
来り、6月19日Münchenで17:00より同窓会せんと。(住高へ寄り『東洋歴史大辞典』を見、伊東詩碑に
つき国語主任の先生と話せし)。山本陽子と話せしのち、日赤へゆけば松井信子君帰宅、cardは托してありし。『新潮』買ひて犀星の「朔太郎
の話」読む。
5月19日
登校、「康熙帝」書き、college hourといふのに出、丹波道久の来りしに会ふ。6月12日
8:40に片町へと。住高へゆき『東洋歴史大辞典』の「鄭成功」と「鄭芝龍」写す。14:30終り帰りて教授会に出すべしと。岡の妹、聴講生
として入学許可。帰りて佐瀬のハガキ見る。(※警察学校)講演会盛況なりしと。堀田善衛わがこと訊ねし
と。元々社より校正24日頃より出ると。夜1:00まで辞典かく。
5月20日
悠紀子に平凡社へ阿桂、永明王、奕山、汪景h、王三槐、王倫、鄂爾泰(オルタイ)、岳鍾h、槐裔介、槐象枢、g善、恭親王、瞿式耜、康熙帝、
洪承疇、耿精忠、呉三桂、秋瑾、戴名世、張廷玉、鄭芝龍、鄭成功を送らす。(速達とも49)。
登校して石浜先生(※石浜純太郎)に会へば新城君の口なきかと。ひるすみて14:00まで丹波の来るを待
ち、長沖先生に紹介し終へて小野和子にゆき、連れ出して喫茶。まむし食ひ、あんみつ食ぶ。青生(※青美智
子)に会ふ。野崎をも訪いひして17:00すぎ帰校。夜学教へて帰り夜学3年目の井上(服飾・住道)、松本(仝、鴻池新田)と同車。松井信子
氏より他の約束ありしと断り。
5月21日
学校へ電話し欠勤を届く。辻(※賄人)、けふより働く。栗林呼びて竹村氏に会ひにゆかせ、帰り来しにきけば明日10:00に来よと。今月分の
日給29日分4350わたし、明日われつれゆくを約す。大塚来り、毎月15,000づつの補助申請すと(寮長、監督の給与、賄の人事と俸給、
加配米の支払をのぞき)。賛成しおく。齋藤生より9月1部に転ずるはいかにと。
山前君(※山前実治)より『骨3、4』3冊づつ送り、のちほど速達来って井上多喜三郎いまだ原稿を出さ
ず、善後の会議を23日(日)13:00より依田宅でと。けふ22:00までかかりて辞典の残り、査嗣
庭、僧格林沁(※センゲリンチン)、史可法、朱一貴、朱嶟、尚可喜、蒋廷錫、徐広縉、施琅、銭謙益、曽紀沢、曽國荃、宋之清、荘廷鑨、索額
図、趙金龍、兆恵、張煌言、張名振、張玉書、張良棟、徳楞泰、田文鏡、鄭廷驍ニ書き、あと張天倫のみをあます。
5月22日
栗林をつれて8:30家を出、張天倫加へしを平凡社に送る(33)。山本藤助邸へゆけば夫人会はれ、明後
日より勤むることにて良しと。別れて短大へ洋傘探しにゆきしも無し。荒木利夫に電話して明日ゆくと言ひ、きけば多喜さん(※井
上多喜三郎)より[辞]めるとらしき便りありしと。
山本事務所にゆき佐瀬(※佐瀬良幸)と話し、news映画見る(柳田国男『火の昔(80)』『先祖の話
(80)』リーチにて買ひrice curry食ひし)。
けふ留守中筑摩書房来り、8月までに書けと云ひゆきしと。眞野君より16日発令となりしと。『阪大文学部
紀要3』贈らる。
5月23日(日)
10:00家を出て、宇治の小高根家にゆけば母上あり。夫婦他出と。探しにゆきて行きちがひとなり、家へ
またゆき話す。『日本浪曼派1』出しあと入ることとす。14:30出て京阪書房で『遠西双考(180)』
買ひ依田(※依田義賢)家へ着きしは15:30、井
上多喜三郎あり(佐々木君旅行中と)怠けしと。8ポ追加と詩「過去」とを即座にかきて17:00出る。四條で3君と茶
漬食ひ、別れて京都書院で『近大歌謡集(150)』、新生堂で『満洲碑紀行(20)』『満支典籍攷(20)』買ひ、20:00発の京阪特急で
帰阪。
5月24日
よべ小眠。午すぎ会社へゆき父に会ひ5000預る。夜、大塚と炊事と呼びて話きく。堀場と高橋に『骨』送る。
5月25日
芳野清よりのハガキみて11:30家を出て登校すれば、研究費使ってよしと。硲君来る。この頃碁に熱中
と。よべ書きし「今中十九生会の記」を木村生よびて托す。この間我になれなれしく本預けし子なりし。「国文学史」すみて宮口生(※宮口時喜
子)に松本一彦への紹介状かき(大学新聞の広告)、山本、明渡2生と『中[皇]命』考はなして出、寺田町で下車、石塚書店で橋本循『中国文学
思想論考(150)』、吉川桑原『新唐詩選続篇(80)』買ひ、稲垣歯科へゆく。井上博、この間の同窓会
つまらずと云ひをりし由。百済璋子より30日の会(※帝塚山学院短大同窓会)たのしみと。
5月26日
10:00家を出て高島屋に寄りwhite shirt2着の仕立たのむ。6月6日出来と。登校せしもcollege
hourとて西宮君と2人出てなすことなし。自己紹介をすれば武居「つまらないから名云はず」と。宮口生(※宮口時喜子)きのふ松本に会へば日生の代理部
になってくれれば4万でも5万でもといひし由。15:00帰宅。筑摩の広告見しに『世界名詩選』一冊予価350と。
5月27日
登校、身上調書のため1人づつと応対、府立女子大へゆきし花井生(※花井彩)サボりしとて来る。
14:00歩きて千川(※千川義雄)訪へば留守。荷風を台所へ置き去りし。家へ帰りて見れば千川の手紙。
ふしぎなることかな。
高橋君(※高橋重臣)より小高根二郎の所しらせと。鍛冶初江より勤め
先をと。1.5時間休みてまた登校、藤沢桓夫氏、明日来るとて承知したれど学院の失礼に怒りゐると。夜学
早めにやめて帰る。
5月28日
登校、守本主事に助手のこと云へば「増築で金がないので云々」。腹立って院長に云ふ故、反対するなと云ひおく。2時間すませ、浦畑、青木の2
水泳選手と話す。青木より浦畑の方賢きこと発見す。15:00すぎ出て岸の里まで歩き榎本すみ子の家探せば帝塚山の真下なりし。母上出られ、
すみ子出、大分元気なれど相変らずねてゐると。出れば追掛け来て内祝としてネクタイと菓子ともらひ赤面す。学校へ戻れば中野トシ子来り、天丼
くふわれに茶もち来る。
講堂へはじめて入りしがslipperでなければならずと中田博士注意されしと。望月博士と藤沢桓夫氏の
講演きかさる。すみて清水生と帰る。先生人気あるのね、と夜学生の知らざることを知りしらし。
帰れば西川(※西川英夫)より中島健蔵(※『サンデー毎日』の文章)
よみしと。佐瀬より『堀辰雄全集2回』出しと。佐々木邦彦君より佐渡までゆきしと。元々社より校正28頁
まで。
ガルダン 世界歴史事典 v.4 (平凡社 昭和26)
カルカ 世界歴史事典 v.4
カラチン 世界歴史事典 v.4
コウソウ 清 高宗 v.7(平凡社 昭和27)
オルドス v.3(平凡社 昭和26)
セイソ 聖祖 v.11(平凡社 昭和27)
センソウ 宣宗 v.11
ジンソウ 仁宗 v.10(平凡社 昭和27)
5月29日
朝ねてゐれば竹村氏より電話。父、給料のことで心配しゐると。午後行くと約してねてゐれば簡易保険来り、入口のglassわりてゆく。午後出
て会社、父より10,000預り藤井寺にて2日に会あるときき、ゆきみる気になり、近鉄で散髪、古書部で『墨國一覧(50)』、佐野学『社会
史(150)』。
ゆけば叔母留守。房ちゃんの姉夫婦(1月新婚、伊藤忠の竹下輝雄)あり。色々話す。島田玲子、社長の弟と結婚の予定で退社と。徳従姉を知る
と。時間つぶしに表で会ひし清水生訪ぬれば不在。鹿熊訪ぬれば不在。また帰りて竹下氏のbeerの相手をし、19:00帰りし叔母、やがて叔
父と話して出、肥下に寄れば豌豆呉る。Salary20,000となりしと。帰れば池元もはや眠りゐる。けふ組合の総会ありしと。(片町線で
守屋君と同車、時野谷勝、阪大へ来しと)
5月30日(日)
8:30家を出、近鉄departでslipper買って(80)登校、10:30より(※帝塚山学院短大同窓会)開
会。けふはslipper不要なりしらし。文芸の出席よく、1回西保、越智、則武、中許(旧姓高島)(小島姉も来りしと、われに会はず)2回
は伊藤、鍛冶姉妹、菊池(すぐ帰りし)、岸、北野、相良、中馬(旧姓生田)、椿下、寺本、中田、野崎、疋田、藤野、本多、松井(渡辺病気で会
社欠勤と)、今市(安村)、山荘、山中、和島の20人。3回は大浦、小野、鍵谷、北沢、百済、小島、佐瀬、天満、島本、内藤、中川禎、中川
弘、成尾、西岡、西川、西野、則武、萩原、渋谷、林、藤原、馬路、松島、八木の24人とさすがに成績よし。第二部は島田、中野、出雲、森、家
本7人。西田(福田)章子来り挨拶す。写真を内藤組にとられ、北野より新和歌の写真3枚もらひ、鍛冶初江に
助手宜しときき、15:30岸、中馬(※中馬敦子)と出れば百済、馬路もbus待つ。百済のぞく3人誘ひてナンバ。高島屋特別食堂で
juiceおごり馬路つれて天牛南店にゆき大学訳詩集一冊与へて別る。
けふ羽倉(※羽倉啓吉)、硲晃君来りしと。元々社より『李太白』68頁まで初校。『文芸日本』6月号。
5月31日
終日家居。筑摩書房編集長土井一正氏より8月末までにたのむと。
6月1日
登校、島本より電話あり、長沖先生のお世話になることになったと。宮口生ら日生へゆき広告3,000もらひしと。荒木利夫より電話かかりしと
いふゆゑ、かければ『骨5』出来しと。後刻ゆくを約して授業。すみて明日新村先生(※新村出)の話といふ
に加藤邸にゆき見れば夫人留守。京へ先生お迎へにゆきしと。ナンバに出て荒木利夫君に会ふ。我が詩をほ
む。ききて大丸へ鉄斎展見にゆく。我にはわからざりし。
梅本に寄りて見、すぐ出て帰宅。(野崎(※野崎その)にゆきて鍛冶初江の意向きけば喜んでゐしと)。鍛冶
初江より喜んでゐると。
山本事務所Grillミマスの階上へ移り電話も35-8368とかはりしと。高橋重臣より東京へゆきゐし
と。(けさ近鉄depart前で饗庭夫人に遇ふ。あそびに来よといはれ、ええと答ふ)。
6月2日
雨。登校、9:15にゆけば9:00よりはじまりなりしと。杉山平一君と話し『骨』1冊与へゐる間に壽岳
博士来られ、よべ新村先生と加藤邸に泊られしと。『南蛮更紗』のsignこと云へばあとにせよと。式すむところを講堂に入り一休みして茶珍博
士(※茶珍俊夫)の生活改善の話きく。家庭婦人の教養時間屏禁15分と。そのあと新村出博
士の話、老いたまひしものかな。壽岳先生に呼ばれsignしてもらひ、また研究室。西宮君(※西宮一民)
自動的に同乗して京都へゆくを命ぜらる。院長(※神崎驥一)つかまへ鍛冶初江に
3,000与へて助手とせんと云へば宜しと。土曜午前中来よと書きやる。川原女史きのふ高野敏子に会ひ忙しとききしと。
教授会、文1細原(学院)家出しゐると。久保田(※久保田初美)の一味なり。帰り来し西宮君とともに出て帰宅。『李太白』初校102頁まで。
けふ守屋君(※守屋美都雄)と京橋で会ひ桑田博士の会の案内出せしと。なるほど来あり、12日
(土)14:00錦江ビル内「北京」でと。
6月3日
朝、炊事に原君の預ける5,000受取る。9:00登校、歴史教へ1時間休み、長沖氏来しゆゑ鍛
冶初江のこといふ。4時限屋上でSchubert
Wiegenliedを教ふ。久保田生よび細原のこといへば叔母の家にゐしと。父逮捕されしとけふの新聞にあり。
楳垣氏より『言語生活6』もらふ。田中塊堂氏、『白氏文集』よりの断簡訊ね来らる。しらぶべしと答ふ。
(夜、帰宅して見れば『白香山集26』の「江州司馬庁記」の中頃なり)。15:00まで待ち補導会議。女師4人出て中々盛んなり。細原生、四
国へゆきゐしと。親子丼食ひて夜学。伊東マア子呼びて『骨5』わたす。
帰れば『李太白』132頁まで。念校見よと。写真くれと。佐々木邦彦より帰洛と。『日本歌人』。(硲君、会議の前に来り、話せず)
6月4日
竹村氏より電話、来よと。けふはだめ、明日8:00ゆきて今村部長と話すといひ10:00出て登校、新野といふ人より電話ありしと。わから
ず。文1で名簿順に並ばせれば近視6人。ひる佐瀬(※佐瀬良幸)に電話すれば昨日新聞に出しboatで死
にし藤田繁は上田女史(※植田初枝)の甥と。のちほどゆくといひ歴史すませれば、山本重武君より電話、浪
大の2年生に独語の家庭教師をと。ともかく火曜にゆくといひしところへ西宮君来り、座席変更に2年異議申し立てしと。ゆきて説明し大体納得せ
しも楳垣氏(※楳垣実)と懇談せしめsalaryもらふ。健保上りて28,000の手取り。もらひし羊羹食べて出、ミマス2階に移りし山本事
務所にゆく。
山本(※山本治雄)は葬儀にゆきしと。rice-curryおごりともに古本屋、高尾で『東亜論叢
3(150)』『西北支那(50)』と光太郎『天上の炎(40)』買って大毎。天野ゐざるゆゑ向ひで喫茶。梅田の方へ向へば向うより来り、餡
蜜おごり呉る。別れて帰宅。馬路晨子より礼状。
6月5日
8:00より会社へゆきて待ち、9:00前来し今村部長より会社の答弁を預り月曜に再来を約して登校、(健保証書きかへとのことに返還)。鍛
冶姉を待ちて2年class委員にきけば楳垣氏きのふ再考を約せしと。1年浜谷も来りて云ふ。元々社のための写真とってもらひ、11:35院
長に鍛冶姉(※鍛冶初江)を会はせ、守本、三苫(※守本文生、三苫益子)2
氏に紹介すませて、久保田(※久保田初美)問題を起こせしときき、学院へゆききけば、soft-ball部員を集めて授業サボらせし。十
時(※十時巫佐子)といふが来り、不逞なりしと(住吉学園)。そのまま鍛冶と出て千日前。野崎を訪ね昼食おごらせしと
ころへ相良、撫養(※相良紀予子、撫養育子)の2卒業生来あはせ話し、大丸へゆく途、戎橋上で高校の卒業生に珍しく声かけられ「Degas」
につれゆきて喫茶、「大丸」へゆけばまた鍛冶に会ふ。
伊藤佐喜雄『森鴎外(30)』『偏奇館吟草(30)』買ひ、梅田でnews映画見、喫茶し吹田。うどん食ひて泊る。(『西南アジアの趨勢
(30)』)。富松(※富松義晴 天理教)桜井会長選挙違反で捕はるとradio。
6月6日(日)
10:00すぎ朝食。11:30“calm”でcoffeeのみ、アテネ文庫『人文地理辞典』と『脂肪の塊り』買ひて帰宅。
雨。午后よりまた降る。岩崎昭弥よりハガキ。平凡社よりやっと原稿の受取り。稿料は7月中下旬に払ふと!
『李太白』180pまで。長山来りしゆゑ、会社の解答(※回答?)わたす。寮生負担は88円?である故15,000渡すは止め。一応自治会運
営にまかせ、不足につきては改めて交渉せよとなり。(※寮生)横山来り20日辞職帰農と。原君に云ひしとゆゑ留めるを中止す!
6月7日
よべも今朝も自治会より連絡なく、竹村氏に電話して今村部長にことわりてもらふ。高尾書店の書目。今中19期生会の案内。午后、万美子より
『祖国』返し来り、菓子と手紙。午后大塚来る。
6月8日
9:00すぎ家を出て『骨5』を西川、中野清見、堀場、蒲池の諸氏に送り、天王寺にて坪
井に遭ふ。平野の相野(※大阪学芸大学の相野忠雄)のもとへゆくと。『骨』1冊ま
た与ふ。学校へゆけば昨日伊東未亡人来りしと。靴下おきゆく。
鍛治君にとnote1冊と机ともらひ、神楽歌、催馬楽きり、新聞部の宮口、伝田2生(※宮口時喜子、伝田雅子)に「わが愛読書」の記事とらさ
んとせしも旨くゆかず。午后の「国文学史」すませれば山本重武より電話、すぐ住高へゆき本間君(※本
間淳三郎)の許へ伴はれ木曜独乙語を教ふることとなる。浪大2年なり。出て高島屋
へゆきwhite shirt2枚出来上りしをとり、赤木『ありし日の東洋詩人たち(50)』買ひ「面影」にて喫茶。
けふ『李太白』初校212pまで出る。けふ東生5日の写真2枚出来上りしと呉る。
6月9日
登校、西宮君(※西宮一民)来り、元々社のため写真とり呉る。浜谷のとりしは未現像と。田
中塊堂先生来られ『白氏文集』のつづき発見と。『日本写経総鑒(2,200!)』賜ふ。大掃除する中、十時生(※十時
巫佐子)呼びこの間のこと叱りしにきかず。単位のとり方も不十分なる様子につき思ひつきて久保田(※久保田初美)の父宅へゆけば不在。祖父権
四郎氏に会ひにゆきて連絡たのみ、帰校(『Bovary夫人(80)』)すれば図書室にをりBasket-Ballの練習すと。また思ひつい
て森ノ宮の十時宅にゆき母君と話せば(※十時巫佐子)男性的と。帰れば多喜さん(※井上多喜三郎)より電
話かかりて来ると。まちゐしに21:00また電話、来ずと。疲れて悒鬱、八木嬢より「従妹ベット(※ペット?)」のこと返答。
6月10日
京、風邪らしく時々発熱し、けふも幼稚園休む。9:00すぎ登校、もはや来客あり、別に用なきことわかり馬鹿らし。山本理事
長夫人より栗林よしと御挨拶。立食の時、池坊短大学長(※大浦八郎)と話す。
12:20すみて『文芸春秋』よみて14:00。加藤夫人に礼いひにゆき一旦帰校。雨中小野和子にゆけばけふ先方の母にあひに大江の叔母とゆ
きしと。千川(※千川義雄)にゆき同窓会に出よと中西doctorの伝言たのみ、アベノ橋へ出て夕食。学
校へ帰れば柳井三千比呂より会ひたしと深沢みち子(※深沢美智子)の
電話ありしと。大阪書籍へ電話し20:00来よと云ひしに来ず。高野線までゆきて待ち、ともにナンバへ出てきけば、李太白の詩を教科書にと。
ことわりて夜間の子西川生をまじへて喫茶。千日前で別れtaxiで鶴橋に出て帰れば22:00。『李太白』初校みな出終りて241p。
久志卓真『中国陶器』。山前実治より13日(日)『骨』の会せん、その時同人費をと。
6月11日
登校、歴史いつも旨くゆかず。すませて堺へゆき肥下(※肥下恒夫)に会ひ、平田生呼び今村生の姉に会へば
3ヶ月休養でよしと。(全田へゆき叔母、敦子、純子に会ふ。女児3月
8日に出生、良子と名づけしと)。
帝塚山で下車すれば中野生に会ふ。森生とbonus後の遊びにゆくと。3人にてbusでナンバ。餡蜜おごり帰らんとすれば中野生怒り出雲屋で
まむしおごらる。(『骨』の会員費100づつ預る)。硲君より明日の桑田博士の会出ずと。
『祖国50号』。大塚来り、月曜10:00に竹村氏に会ひにゆかんと約す。けふ元々社へ校正と略歴と送
る。
6月12日
8:00すぎ家を出て8:40片町駅にて迎への自動車にて警察学校。けさねすごして何も準備せず、「大
阪の兵隊」と漫談やり10:05すませ特別調達局まへまで送られ、科野の席にゆきしも不在。府庁へゆけば竹村氏に遭
ひ、月曜10:00に会社へゆくと云ふ。坪井も席に不在。出て市電にて上本町8丁目へゆき上宮病院に今村生を見舞ひ、帰り途の吉
川仁の店のぞけばをり、伊東詩碑のこと云ひ、上6まで歩きrice
curry食ひ、天地書房にて『印度支那言語の系統(40)』と春夫『侘しすぎる(70)』と買ひ、市電にのれば前に生徒あり。ともに図書館まへ下車、
「衣笠」でjuiceのませ山本事務所へゆけば佐瀬も不在。
高尾まで歩き「北京」へゆけば大分集まりをり14:50より(※桑田博士の会)開会。守屋君(※守
屋美都雄)の司会で石浜先生(※石浜純太郎)、浅井恵倫(金
沢大学と)、中村孝志らの諸氏の祝辞。みなききとりにくかりし。外山軍治、時野谷勝の
外に森三樹三郎より挨拶されしはうれしかりし。
19:00出てtaxiにて時野谷、羽田2君を戎橋に案内し、萩原美知子の家「源平」に案内すればSinger呼ばんかと仲居。ことわりて名
刺わたし御馳走になり土産もらひて出、2君と別れ美知子嬢に春夫贈りて帰宅。
渡辺鐐子より手紙。多喜さん(※井上多喜三郎)より詫び状。陽生より三鷹に移りしと。房子より北村ウメノ
をつれて東京へ帰りしと。『東洋史研究13の1,2(240!)』
6月13日(日)
家居、岩崎昭弥より手紙。伊藤賀祐は(※岐阜)県立
医大の皮膚科主任と。
原課長、母病気とて帰郷せしはよけれど妻君よりも挨拶なし。夕方、西山卯二郎氏に電話すれば、夫婦ともにをかし。16日に夫人来ると。
6月14日
10:00大塚と会社へゆき竹村、今村2氏と話させ了解。城平叔父も覗きたれば面会求め、原君の無礼云へば同感。帰阪後注意すと。父
10:30来社、帰りがけ寄れば建(※西島建:弟)、この間上京し、大(※西島大:弟)
に会ひて俳優座の女優と結婚とききしと。帰りて松井信子氏より電話ありしゆゑ、明日ゆくと答ふ。西保嬢よ
りまた歌作りをる、木曜に学校へ来ると。
6月15日
5月分精算表を托して登校、宮沢生来りをり、鍛治君を助く。(日赤へ松井信子君訪ねしも仕事中とて会へず)。明日のcollege
houreをまかすとのことに守本氏(※守本文生)に抗議せしもあしらはる。萩原君へ礼状かく。(時野谷
勝氏より礼状来をり。) 昼食後YMCAあつめて「キリストの女性観批判の批判」せしに楳垣女史「先生の御批判はいかが」と、つひわれ赤くな
りしと。
小野和子より17:00頃来るとの電話ありし由なるも来らず。
6月16日
幼稚園へゆく京とともに出て登校、college
houreに2年生に修学旅行のnonsense説きしも反論なし。住高へゆき『東洋歴史大辞典』見さしてもらひ硲、山本2君(※硲
晃、山本重武)に会ってのち帰校。
荒木利夫に20日ゆけずの伝言たのみ教授会に出て日程きき、着席順につき話せよと命ぜられてすみ、小野和子来
り、待ちゐしによりともにナンバに出しも(nighterを
X氏と見ると)風呂思ひ出して帰宅。榎本生より快調と。山中タヅ子より会社第一生命buil.に移りしと。早くねる。
6月17日
登校すれば8:20、やがて鍛治君来ってわびる故気の毒。けふ明日と長沖氏休講。古典購読の時間には「菩提樹」を教ふ。すみて宮口(※宮
口時喜子)来り、詩人座談会を催し小野、安西、杉山(※小野十三郎、安西冬衛、杉山平一)、
我の対談と。
西保君来るかと思ひしに来ず、藤原生と電話で話せば明日17:00頃来ると。14:00小野和子より電話
かかり会ひたしと。出て帝塚山書店で待てば来り、亡くなりし実母の事でよべ一夜煩悶と。明日藤井寺へゆくと云ひ本間書店前で別れ
deutschを1.5時間教へ帰校。やがて高野敏子より電話、来ると云ふに待てば、女教師にいぢめらる
と。初めて貰ひしsalaryで卵10ケ呉る。2時間待たせ西宮君と3人でアベノ橋のbeer-hallにゆき、おごりて帰宅。
元々社より奥付の校正、7月5日発行とあり。羽田より礼状。中村孝志氏より『台湾史概要』の抜刷
6月18日
登校前、近鉄で散髪。長沖氏より鍛治のsalary1,500とどく。昼すぎ三苫氏に云ひて3,000借用、三苫氏より渡してもらふ。帝塚山
書店へゆき野村望東尼『上京日記・姫島日記(40)』買ひして帰る。(西宮君のとり呉れし写真を元々社へ送る)。
やがて島本来り、小野も来ると。16:00まで待ちしあと出かければ来り、3人にて天王寺「No.1」にゆき氷しるこ食ひ、別れて藤井寺へゆ
く。小野のegoismを説教せしかどきかず、叔母に会へば泣きてすむ。一昨日先方にても母の病気を知り、母君の反対にて行悩みゆゑ一応断ら
んと也。夕食よばれる中、叔父帰り、外へ出れば昌三叔父にも会ふ。
帰れば佐瀬よりハガキ。中野清見の本(※新しい村づくり)出しと。
6月19日
雨。15:00父来る。〒なし。(中野、羽田、佐瀬、中村孝志にハガキ書く。) 父と出て戎橋のMünchenにゆけば(※今
宮中学校同窓会)、辻部(永田、工学博士となりしと)待ちをり、樽井(坂部)、花崎来り、先生方(脇田、岡田、石川、
山地)見え、次第に殿井、越田、吉田(※吉田栄次郎)、井階、三好、江口(※江口三五)、
宮本太郎、吉村、松本一秀、池田、塘、古河と17人となる。昭和3年よりのは越田、花崎、三好、江口、宮本太郎の5人なり。石川先生上六予備
校へ模擬試験に史よこせと。松本と出て「源平」教へtaxiで鶴橋。
6月20日(日)
よべ眠りがたく、一日臥床。午前中、小高根二郎氏より高橋重臣君の『日本浪曼派』加入承認されしと。夫人
再妊娠と。
八木嬢より“Madame Bovary”の人名表。午後山前君よりけふの会のびしと。夜、『世界人名辞典』に
と寧完我、年羹尭、范文程、費揚古、福康安、傅恒書く。
6月21日
家居。人名辞典のつづき。傅爾丹、彭春、明瑞、楊遇春、雍正帝、陸生[楠]、李星沅、李衛、李文成、劉之協、劉松、呂留良、林清、林爽文、和
珅と夜21:00書き了る。守屋君へ『明史』2帙かへしに行きしも不在。小谷晴康、月賦の保証人にたのみに来る。
6月22日
登校前、会社へゆき729日清算し、10,000貸与さる。学校へゆけば齋藤加寿枝と英語とれざりし岩井生と夜学2人来る。齋藤は下宿して
35歳になるまでに卒業したしと。国文学史すまし、また齋藤と話し、院長、主事に会ひ、きのふ盗難ありし(三村の写真機)、7月8日天理図書
館見学と云ひ、齋藤の復学話し、17:00鍛治君と出て千日前。「面影」でcoffeeおごらせ、野崎に
7月8日のbusたのみ、天牛書店で春夫『別れざる妻に与ふる書(30)』、大学『空しき花束(150)』買ふ。(けふ浜谷生(※浜
谷弘子)、写真3枚呉る。2枚を元々社に送る)。
帰れば『李太白』の校正そろひて来りをり。朴慶植君より池内先生の本の礼状。
6月23日
雨、家居。9:00までに校正すまし送らす。元々社より写真小さすぎる故nega送れと。昼寐す。横山退社、帰郷す。
6月24日
登校、1時限目すみて浜谷生(※浜谷弘子)呼び、negaのこと云へば持ちをり、直ちに元々
社へ送る。昼食中、橋本すみ子来り、全く良しと。疋田生も来り、17、8日一泊で赤目へゆかんと。15:00本間家へ
ゆき独乙語。すみて『映画作品辞典』買ひて帰校。森桃子と話し夜学教へて帰る。
けふ三苫氏に3,000返し、1日のみ残りし。(けふ北畠−帝塚山間の電車で林叔母に会ひし)。(中野トシ子生より電話あり、class会不
出席は私のためかと、可嗤)。
6月25日
登校(けふ西の空地の鉄線はづすを見る。きけば垣めぐらす也と)。『Bovary夫人』一寸勉強し、梅垣女史に腹立て、午後身体検査とて講義
ちょん切らる。小野勇氏来りて関大の話す。西宮君、富永館長に手紙かく。5:00出て帰宅。
母来り、来年上京して大に寄寓すと我に云へと也。中野清見より『李太白』不要、丸とともに景気悪しと。横
山薫二より会社第一生命buil.に移りしと。中村孝志より誤りの謝り状。桑田博士の会の写真来る。
6月26日
12:00昼食して出る前、佐瀬(※佐瀬良幸)に電話してゆくと云へば気のない返事。行きてきけばこの
間、山本夫人にbeer一本のまされて(※黙ってゐた山本治雄の恋事について)皆告口せしと。そのあと北
区長より夫人に恋慕のこと問はれしと。夫人花屋敷へ800円もちて2日ゐしと。山本(※山本治雄)気の毒となりて出、「Svar」で内山『両
辺倒(50)』買ひて帰る。
元々社より本のcoverかけと。山前君より依田、荒木、我、未着と。佐々木君より5号の「戦友に」よしと。平凡社より「雍正帝 外256
行」稿料8月下旬にと。
けふ上京らしき藤村青一に会ひしも先方気付かず。
6月27日(日)
家居、『東方学7』来る。「無題」と8p言とを『骨6』に書く。『李太白』のcoverの帯の文書く。
6月28日
家居せんと思ひしに父より電話。12:30会社へゆけば一時払の形式でとのことに30,000借りしことにし、今村氏より竹村案見れば500
円余の補助なる故、少なすぎると云ひて出、天満橋へbusにて出れば古本屋なくなりをり。
坪井(※坪井明)にゆけば居り、coffeeおごりてもらひ東京行云
へば止めよと。梅田へゆき大河原訪へば来客中。止めて古本屋廻り、野尻『星まんだら(40)』、藤間『日本武尊(100)』買ひて市電にて京
橋を経て帰宅。
西保嬢より『骨5』の詩に感心せざりしと。夜、salaryわたせば健保、厚生、失保なくなりしに2賄人抗議す。原君に云へと云ふ。(けふ会
社で会ひしも挨拶せず)。
6月29日
登校、今年卒業の安部(幼稚園)、山田(城東中学校)、大菊、田中と来り待ちゐる。話す中、齋藤来り、下宿やかましと。7月8日の天理図書館
の見学の注意し、芥川比呂志君呼んでくれとの件きき、15:00出て帰宅。
高鳥君より「蘇東坡」承知した。保田けふ上京と。(電車で中尾君に会へば健保つづきをると)。
けふ新聞部1日に安西冬衛、杉山(※杉山平一)、小野(※小
野十三郎)との座談会と云ふに、夜、本間家へ電話し2日にゆくと云ふ。
6月30日
雨、登校、college-hourに出ず。きのふの雨にて被害ありし様子(のちほど阪和・高野線不通ときく)。荒木利夫に
電話して明日の詩の座談会いへば来ると。天野忠の詩集預かりをると。
午后「蘇東坡」写しなどして15:15まで待ち教授会。18:00すみて帰宅。荒木より入れちがひにハガキ。夜、鳴田来り、父泊めくれと。食
費のこと云へば1000わたせし。
7月1日
登校、歴史むつかしく講演1時間で切り、「蘇東坡」清書し了へ(55枚)、午后詩の座談会の用意せしに、
小野氏(※小野十三郎)にきけば安西冬衛は未連絡と。杉山平一君も来らず、西保も来ず、お
流れとなり、菓子呉る。
荒木君に電話して16:00すぎゆき天野忠『重たい手』受取り、中山書店(御堂筋西側)廃業を見、溝端で後藤末雄『東西文化の交流
(100)』買ひ、夕食くはずに帰校。パン食ひ長沖氏にnylon靴下のお礼にと菓子贈り、夜学すませ、伊東まあ子に
『詩神(山田新之輔の追悼詩のる)』与へて帰宅。元々社より24,650来りをり、八木嬢より“Une
vie”の人名。夜、池川先生の往診乞ひ、京、発熱浣腸してもらふ。
7月2日
9:30家を出、森ノ宮までゆきて雨止みしゆゑ三菱銀行今里支店へゆき元々社の稿料受取る。疲れて近鉄にてorange
juiceのみて登校、きのふ鍛治君、野崎に会ひbus雨天中止と云ひゐしと。午后、伊井、山城、津熊の三卒業生来る。授業すみて疋田、ややして来し高野
敏子と3期の卒業生それぞれ集まる。けふ白浜行きまり監督文芸より1人出せと。長沖氏に押付け不快なり。
15:00疋田(25,26の両日赤目へ一泊旅行と)高野と出て姫松まで歩き、高野と別れ北畠下車。『Heine恋愛詩集』1冊買ひて本間家
へゆく。すみて(来週も金曜と約す。山本重武君に恰も北畠で会ひし。)2,000もらひ、近鉄
departの古本屋みれば永田工学博士(※永田三郎)に会ふ。此間の不足を謝し、喫茶店おごり(同君7
年軍隊にゐて大尉となりしと)寺田町へゆき『二都物語(150)』『中国の知慧(120)』『末摘花註解(170)』買ひて帰宅。京、買ひ来
し本を見ず絶食に弱りゐる。元々社より捺印用紙来りをり依子に捺さしむ。小林和尚(※小林英俊)より西河嘉雄君
の履歴書。(けふ祖国社へ「蘇東坡」送る。)
7月3日
京、絶食して泣く故、出て岡山町の植田女史を訪ね、藤田繁君に弔意を表す(1,000)。今夜吉永教諭ら呼びて35日と。長堀橋の大日本セル
ロイドに百済生を訪ね13:00までに大丸へ来いと云ひ、white
shirtあつらへsheetsと浴衣と買ひ古本部にて国分直一『壷を祀る村(250)』買ひ、ややして来し百済生に昼食くはせ、心斎橋筋を南下し、近鉄
案内所へ寄りしあと「面影」へ寄りナンバ駅前で別れ、市電待つ間に声かけしは小林正三。昭和9年より20
年ぶりなり。
大毎へゆき天野愛一に芥川比呂志君のこときけば5日夕来阪、旭区北清
水町の大野旅館に泊る予定と。穂積陳重『法窓夜話』、『山内義雄訳詩集』、桑原『西洋文学小辞典』と文庫買ひ、craypasを京に買って帰
宅。丹羽みさ子より咲耶夫妻の送別会をわれに開けと也。
7月4日(日)
布施税務署より4,200納めよと。午后、傘もちて小阪へゆけば堀内書店休み、服部へゆけば50,000借金して土地買ひしと。1.5万円の
Arbeitをしてゐると。夫人の帰りを待ちてのち退出。けふ服部(※服部正己)で聞けば中山八郎氏市大
へ来ると。Busにて阪大の潮田富貴蔵氏と乗合す。守屋君にと植木もち、桑田博士の
令息の阪大入学に付き教へにゆきたまふと!和田先生へ国会図書館に付きお願ひ書く。
7月5日
雨、京やや良し。船越章と吾の噂すと云ふ堀内幸枝女史より詩集『紫の
時間』。
7月6日
晴れ、京を池川医院へつれゆく途、父に会ふ。咲耶夫婦送別の従兄妹会、丹羽にまかせよと。京阪電車千林下車、西山博士(※西
山卯二郎)宅へゆく。母君の話では縁談できしと。博士に案内させ大野旅館へゆき芥川比呂志氏
を呼び出せば今、東京より着きしところと。11〜14日なら講演承知と。
すぐ出て登校、学生委員に伝ふれば喜ぶ。午、齋藤かず枝より菓子くれ、佐野氏の時間不足にて受けささずと云ふに、会ひにゆかせば後期をきけ
と。齋藤はるみより電話、明日来ると。午后1時間すみしころ島本、小島2生来り待ちをる。
けふsalaryもらひ29,159。鍛治君の母上来らると云ふに待てば15:00すぎお越し。菓子?賜ふ。小野和子より電話、児玉氏?より
話を復活せんといはれ昨日大江へゆきしと。2嬢つれて戎橋で餡蜜おごり十合まで歩きて古本屋見しも何もなし。別れて駸々堂で地図3枚と『労働
法』。帰れば百済生より礼状。けふ疋田生より委員辞したしと。天野愛一より『言語生活』受取りしと。篠田博士より『小豆雑煮』と『陰名辞
彙』。
7月7日
晴。登校の前、東洋史研究会へ300送る。近鉄で散髪。古本屋にて『ハイネ(30)』『西洋文化と日本(30)』『熊本方言の研究
(150)』買ひて出、林生に会ひ芥川(※芥川比呂志)の来校いふ。ゆきてcollege
hourに出、午すぎ来りし齋藤はるみ待たせ、年報の編集会やり、芥川氏への手紙を辻、山本2生にわたし、齋藤の遅刻注意し、疋田生に15:30近鉄古書
部にて会ふを約し、齋藤君と出て古本屋歩き『韓語字典』を帝塚山書店にreserveせしめ、アベノで喫茶して別る。疋田は縁談世話せよとて
写真と親類書わたす。官吏と教師はいやと。大江叔母に会へば児玉氏(※児玉円城)この間小
野和子の許へ押かけ縁談復活をせまりしと、めでたし。疋田生の写真見せしが相手にせず。
帰れば久美子より電話『徒然草』の参考書見せよと。金曜ゆくと約す。山本書店より書目。大塚より会社の返答に不満、も一度会談せんとの要求。
けふ大江叔母よりきけば竹村氏定年退職となりしと。
7月8日
大、西川、中野と3通上京通知。8:00すぎ帝塚山書店へゆき、店主起して文世栄『朝鮮語辞典(1,100)』買ひ内山『上海漫語』つけても
らふ。学校へゆき9:00院長来られしゆゑ9:15出発。11:00前天理図書館着。院長(※神崎驥一)を
富永館長(※富永牧太)の所へ送りこみ、我は忙しく引ずりまはさる。「中国地誌」は日比野丈夫に初稿見て
もらふ由。13:00出て参考館へゆく頃、大浜君(※大浜厳比古)現はれ生駒氏(※生駒
藤雄)来り、14:00出て中宮寺。蒸し暑きこと限りなし。すみて法隆寺前で院長よりciderおごりてもらひ乗車、
16:30帰着。
けふ辻、山本2class委員にきけば、芥川氏(※芥川比呂志)、明
日15:00より1.5時間話してくれると。野崎君、楳垣先生まじへて雑談せしあと夕食くひて夜学。すめば田中生『Heine』もち来り
signをし、齋藤生、福井生呼び、あと清水委員(※清水文子)より長良川へ遠足を
31−1日とのことに「日をかへよ」と云ひして出る。古川・沢田2生京橋まで送り来る。木村生、今春聴(※今東光)
氏に案内せんと云ふ。
7月9日
9:30登校、芥川氏に電話すれば迎へに来ずともよしと。守本氏(※守本文生)に長良川へ遠足のこと云へ
ば御随意にと。ひる小野勇氏来り、関大にて「雄略天皇」ほめし人ありしに、高橋盛孝氏「田中は勉強きらひ」と云ひしと。午すぎより大講堂か小
講堂かでもめつづけ15:30芥川氏(※芥川比呂志)来りて大講堂ときめ、17:45まで悠々と話され、
こっちの方で心配す。
自動車迎へて送り出し、(けふきけばbonus16日、来月salary10日と。)本間家へゆきドイツ語1時間。田辺でrice
curry食ひてのち今川。城平叔父すでに帰りゐる。正平classで一番になりゐると。22:30まで教へ支那そば食って帰宅。
山前君より『骨6』の初校11日13:00依田邸でと。芳野清君よりハガキ。『自彊会報』(けふ今川で岡
田剛先生(※今宮中学恩師)に会ふ。城平叔父へゆく途にお宅ありし)。

7月10日
11:00竹村氏来り、退職の話す。あと昼寐し14:00覚む。〒8
日に中野英夫君ハガキかきゐる。偶然か、ふしぎ。西保惠以子より歌。
17:00出て『文芸春秋』買ひ、会社にて城平叔父に東京行を云ひ、田中正平博士(※故郷淡路賀集村出
身、純正調オルガンを発明した名士)の遺族を訪はんと云ふ。会議は数字を正確にして決定せんと。原、不快。杉浦氏(※杉浦実)と歩き駅前で別
る。
7月11日(日)
9:00すぎ正平来り、我と史とにて漢文、国文法教ふ。Corbeauの出版記念会のハガキ来り、12:30出て上洛。京阪書房に寄り『玉葉
3冊(2,000)』学校へ送れといひ『拾遺和歌集(80)』『天保ものがたり(100)』買ひて依田(※
依田義賢)邸14:00。すでに5人(※『骨』同人)集りをり初校の校正。きけばCorbeau(※『コ
ルボウ』)の会は18日と。すみて雑談。写真とりなどし18:00出て佐々木、井上、山前の3君と夕食。
(けふ5君より伊東詩碑100づつ預る)
別れて京都書院で沢瀉(※沢瀉久孝)、武田(※武田祐吉)2博士の万葉歌と正宗敦夫の総索引(3,500)学校へ送らすこととし、『高青邱
(80)』『枕草子(80)』『李太白3冊』は1,500と。大学堂で『山島民譚集(230)』、新生堂で『採緝諸国風土記(50)』『満洲
観(50)』『老読書歴(150)』と買ひて帰宅。
けさ山本より電話ある筈なりしも来ず。
7月12日
10:00会社へゆき旅行届を14〜20[日]までとし、父に書類預け、電話料700わたしてのち住高へゆく。途中おとわ叔母に会ふ。藤井寺
にゆくと。大江叔母に伝言たのみ、北畠で硲君に会ひ、山本君(※山本重武)に本間家(※本間淳三郎家庭教
師)の謝礼の報告し、学校。
守本、三苫氏、院長へつぎつぎと旅行届し、本間家へゆきて教へ(西宮君に手紙置く。沢瀉[の本]だぶりをりし)梅田へゆく。帰れば丹
羽美佐(※従妹)より咲耶(※妹)母子を客としてやると。高鳥君より「蘇東坡」の受取。鶴身陽子よりハガキ。元々社よ
り20部送ったと。
7月13日
家居。京大分よし。午后西保嬢『日本歌人』の奥嬢(※奥靖子)同伴して来る。大よりハガキ。中
野英夫氏より「人生の偶然に驚いた」と。夜、小野和子より電話、木曜に児玉氏に会はすと。上京伝へて断る。『李太白』
けふも来ず。
7月14日
安田章生より『白珠』に朔太郎または静雄につき10枚を10日までにと。佐々木邦彦より現夫人のこと。
12:00すぎ10,000もちて出、今高にゆき同窓会名簿1冊買ひ筒井(※筒井信義)より会報5部もら
ひ、Svarにて『狐の詩情』2冊見付け、rain-cort買ひ(1,600)、傘を山中タヅ子嬢に預ってもらひ、横山と2人に『狐』与
へ、また『狐』5冊買ひ(30づつ)『ハリス日本滞在記 中』もちて瀬戸号にのり、品川7:00前着。大(※西島大:弟)
の下宿にゆく。
7月15日
大にきけば(※女優と結婚の話)片恋にて成否わからずと、可嗤。父母には一室を保たさんと。ともに出て東京駅で朝食させ、西川(※西
川英夫)に電話してゆき『狐の詩情』土産にわたす。梅本(※梅本吉之助)、坪井(※坪井明)、関口((※関
口八太郎、自衛隊の)東部副総監になりしと)と会つづきなれど月曜に会せんと。坪井「関口に田中の上京させざれ」と云
ひしと。
傘借りて協和銀行にゆき岑夫(※河野岑夫:義弟)に会ふ。8月3、4日帰阪と。別れて自動車。元々
社を三崎町に探しあて社長に会へば20部それぞれに寄贈せしと。われにも20部送りしと。また10部呉れ、蒲池(※蒲
池欽一)氏に電話。家にて待つとのことに案内されゆき、大と別れ、2階にて昼食接待受け、齋藤晌氏
に他日同行を約して別れ、新宿に都電でゆき小田急で和田先生(※和田清)。
『李太白』受取り返事せしと。(※東京での研究職につき)欠員なしと。東洋文庫の岩井主事(※岩井大慧)
の後任として入るるはよけれど榎君(※榎一雄)反対「詩人なれば」とのこと。がっかりせしところへ中
山八郎氏来り、本部にても不快と。
出て中野英夫宅訪ぬれば外出、電話して明日9:00迄に再訪といひ、また小田急。梅ヶ丘駅に出て小
高根太郎を訪ふ。外出中なれど帰り来り泊めて呉る。
7月16日
太郎にbus停留所まで送ってもらひ区役所前で降り、中野英夫を訪
ふ。「三沢老師(※三沢元貫)弟子の裏切により動揺」と。我に他力自力につき切諌す。送られて西
島寿一宅へ寄り、叔母に迎へらる。一興叔父に似ゐる由。やがて自転車で帰りし夫人(※西島須賀子)
に会ひ昼食供され、寿一の勤先きいて出、梅ヶ丘よりお茶の水。Busにて帝大前。筑摩書房の土井編集(※土井一正)
長に会ふ。(※『李白』の本)必ず出す由。
寿一に電話し、忘れし洋傘を西川に届けることたのみ、明日また電話するといひ、井上書店にて植村『万里の長城(150)』『婦人と小児
(150)』。Busにてお茶の水、大森の大(※西島大:弟)にゆけ
ば置手紙し明日夕まで帰らずと。出て思案し高円寺にゆき赤川(※赤川草夫)の店訪ねあて、都丸(※都丸書
店)の電話かりて千草のapartに電話せしもかからず。焼飯たべさしてもらひ丸(※丸三郎)を訪ぬれば
宅、20:00まで話して泊めてもらふ。「関口われのこと気付かざる様子」と。
7月17日
10:00丸と出てbusにて東京駅(丸は丸の内で下車)、西川の許へゆき関口に
電話し15:30に行くを約し、19日15:00に再来といふところへ丸来る。出て靴みがかせ(20)協
和銀行にゆけば12:00。河野岑夫(※義弟)に食堂で会ひて大体話し、電話して西島寿
一の会社たしかめ、行けば(野村ビル)在り。
ともに出て丸ビルで喫茶、歌の話し(『李太白』売店になし)神田神保町へ自動車。山本書店で2冊買ひ、『蘇東坡(100)』。水道橋まで歩き
東上練馬へゆけば15:00。部隊へゆけば(※関口八太郎の)家示され、会ひて(※転職計画)たのめば承
知した、19日までに調べて見んと。すでに少将になりて6ヶ月、いまはこの部隊の長と。再会約してbus。
池袋に出てまむし食ひ(130+きもすひ50)、大森へゆけば大もどらず。White-shirtしかへ
て吉祥寺。電話して新川まで迎へに来さし、ゆけば貧乏話。いやになる。ただし長男高一と、たのもし。浅野建夫に
電話して迎へに来てもらふこととせしところへ陽生(※青木陽生:義弟)来り、話す中「麓
保孝氏と陽生と面識」と。
長男に送らして約束の場所にゆけば浅野すでに待ちをり、三鷹駅近くの宅にゆき、きけば「寺内元帥の許にゐし」と。Medanも
Singaporeも知りをり。藤田貢に電話し来よとすすめしかどきかず。「丸山正三郎、中村治光と往来
す」と。「語学はRussia語とMalay語に達しゐし」と。風呂たまひて就寝12:30。けふ18:00すぎて電報打てず。
7月18日(日)
9:00浅野に自動車運転さして藤田家にゆく。中村
治光もこの近くと。子供成蹊高校へゆきゐると。夫人は須貝の妹にて浅野夫人と同級、病弱なり。
10:00出て帝都線の停留所で降り、上北沢にゆき、歩きて田中保隆を訪ねしに出てきて謝り『四季』返し
呉る。聖心女学院につとめ白鳥清、原田淑人2先生も来られ女子(※女子大)のくせに史学科ありと。
bus停留所まで送られ渋谷に出、省線にのりて浦和、竹内好の家たづねまはり14:00着。夫
人、胡散くさげな顔せしも二階に上ぐ。話す中「面白き人なり、はじめ押売と思ひし」と。
2女を生む。
駅まで送られて大宮、高野勝美、明子夫妻をapartに訪ね、夕食ふ
るまはれ、ともに新宿へ出、氷店より蒲池氏(※蒲池欽一)に電話して明日齋藤晌先
生を訪ぬるを約し、2君と別れて小田急。小高根太郎邸にゆき、さそひ出して薄井(※薄井
敏夫・故人)訪ぬればここも2女。薄井に似し面わす。夫人朗らかにて却って哀れなり。悔み云ひて出(いま間貸しにて生
計を立つと)欝々と悲しくport-wine買ひて太郎とのみ、やや鬱晴る。(途中古書店にて『中世民謡集(30)』買ふ。)
7月19日
9:00出てbusにて東京駅。『四季』預け飯田橋にて下車、日歯(※日本歯科大学)に船越章訪ぬればす
でに退職、放送局(※NHK)に勤むと。つっけんどん也。角川にゆき編集次長に会ひ平凡社への途教へてもらひ『李太白』1冊与へて出、市ヶ谷
下車、平凡社にてまた編集次長に会ひ、稿料の催促すれば13,000おくれると。係の老人説教し、蒲池氏
に電話して新宿駅で待合せ約し、toast食ひて省線。ゆけば待たる。齋藤晌氏にとchocolate買
ひ(500)京王にのり高幡不動下車。齋藤氏を訪ぬれば在宅。15:30まで話し、『荊棘園詩鈔』いただ
きて退去、新宿着16:30。Coffeeのみて話し、お茶の水で蒲池氏と別れて東京駅17:00。
西川会社にゆけば丸待ち、やがて加藤定雄来
り、用ありとてすぐ去る。あと高垣(※高垣金三郎)、谷口(※谷口静夫)、森良雄、原田(※原田運治)と
大体集りしゆゑ、浅草雷門の「加茂作」へゆく。関口、西川と共に来り防衛庁山田人事課長に紹介書き「明日履歴書もちてゆくべし、久保(※久保
亀夫)は不在。防衛大学、防衛研究所あたりへたのめ」と也。ありがたく礼云ふ。丸も木村長官に運動しくると。疋田生の写真を丸方司氏の長男に
とわたす。高垣は『李太白』を週刊朝日にて紹介さすべしと也。
20:00散会、関口の自動車にて有楽町(西島寿一、西川にゆきし故、紹介せしと也)、高垣と降り、調査部に連れゆかれ正平博士(※田
中正平)のこと調べてもらへば20年死、長男楠弥太と。大森の大の下宿にゆけば不
在。20:45まで待ちて「山王」といふ宿にゆきて泊る。
7月20日
6:00起床、7:00大の下宿にゆけばよべ2:00に帰りしと。朝食ともに駅前までゆきて食ひ、美濃紙、墨汁買ひ、帰りて履歴書かき、とも
に出て東京駅。防衛庁につけば11:30、局長会議といふに待たされ12:40山田課長に会ふ。
しらべて見んと。この間久保(※久保亀夫)にも(※就職先)依頼の手紙かく。天ぷらうどん両国で食ひて東京駅。西川の会社へゆけば不在。関口
に電話で報告し、太田氏よりの電話といふに考へた末、立川陽子君とわかり電話すれば和田節子と会ひに来てくれると。16:00東京駅でと約
し、有楽町の日本交通協会buil.をたづね、私鉄経営者協会の田中勤氏に会ふ。やはり一郎氏の令息。川
口の技術庁研究所に電話してくれ、正平博士の後嗣田中楠弥太氏(病臥中)を呼出し話してもらふ。「毎日」
に寄り桐山眞氏呼びしも不在。置手紙し、東京駅。
大来り、和田、立川2氏も来る。地下の「庄司」にゆき喫茶。立川氏9月より伊賀へ転任と。
入り来し人々ふと見れば中谷孝雄、浅野晃。ゆきて問へば保田けふ昼ま
でをりて送りしかへりと。外村茂、大鹿卓氏もあり。浅野氏、あの双書(※元々社)にて
『楊貴妃とクレオパトラ』も出すべしと。諾して出、2夫人より土産もらひ(この間、大、河野岑夫(※義弟)より
1,000借り来りくれし)、大と「酣燈社」。堀場正夫氏夕食たまふ。保田を
泊めしと。別れて朝日放送に庄野潤三君訪ねしも帰宅。19:30の明星号にのりて西下。
7月21日
浜松あたりより気分あしくなりしが大垣で席あき眠る。6:30大阪着。徳庵駅に『四季』預けて帰宅、朝食とる。
堀亘より電話ありしと。山本藤助氏より女中の礼として靴下。小林仁太
氏より中元。植田初枝氏より香奠返し。
〒多く来あり。奥靖子女史より礼状。小林英俊より西
河君の催促。和田先生よりの行きちがひの御返事。浪中より18日同窓会と。赤塚徳郎氏より転居通知。横山薫二より礼
状。森克己博士!より「風光台湾」の依頼状同封、大場少将存命と!藤枝晃より礼状。山本信江生よりかあゆ
き(※可愛ゆき)礼状。丹羽美佐より25日阪急8階で「いとこ会」をと。短大より高野山行7月29日8時
13分ナンバ発に変更。8月分salaryは10日と。安田章生より『李太白』の受取。伊東花子氏より詩
碑9月には建つかと。小高根二郎より受取。外山軍治、竹田龍児、河村純一氏より仝。宮口生、上高地より。神田信夫氏より礼状。吉岡弥之助氏よ
り暑中見舞い。咲耶よりゆき子へ「会へず」と。吉井栄治より受取。
ひるねしてさむれば中村貞子生の暑中見舞。天野忠よりハガキ。小林仁太氏より中元の送状。竹村氏より電話「明後日17:00会社で会し自治運
営につき商人たちと話合ふ」と。大塚来り、自治のこと云ひゐる最中、栗林栄来り、ひまとて来りしと。「山本藤助邸、
旦那様、奥様、嬢様よけれど悪者をると」と。
7月22日
9:00すぎ会社へゆけば父をり、城平叔父より待てときき、やがて来
しに田中勤、楠弥太の両家の話すれば喜ぶ。Bonusの原案置きて父にあらまし話し今村部長に栗林のこと
云ひて出、busにて天満橋。毎日新聞にゆき天野愛一呼び出せば齋藤安秀君
に紹介さる。ともに喫茶、『李太白』の紹介たのみ、第一生命buil.に山中嬢たづね、洋傘預けしをとりかへさんとすれば家へもちゆきしと。
昼食に誘ひ、我のみrice curry食ふに近くに桂信子。(天満橋にて春夫『閑読半日(80)』買
ふ)。別れて阪神へゆきしも大河原ゐず、news映画見て京橋。
昨日けふより暑し。(『狐の詩情』また梅田で買ひし、30なり)。浅野亘子より明日来たしと。桐山眞君よりなつかしと。
林富士馬より「電話であがりし」と。馬路生より暑中見舞。佐々木種子氏より仝。野崎より速達「赤目を中
止」と。
7月23日
浅野亘へ電話、9月に学校へ来よといふ。浜谷弘子、原田、谷口、森、加藤、堀場、壽岳博士の諸氏へ『李太白』。原田、丸、西川へ礼状。蒲池氏
へ仝。庄野潤三君よりわび状。中野清見より「新しい村づくり」。
庄野、中野、浅野建夫へハガキ。吉岡弥之助氏へ中野清見との提携すすむるハガキ。小高根(※小高根太郎)へ礼状。
柳井三千比呂君より入浴中電話かかり「Goetheの訳詩誰のがよきか」と。「誰もよからず」と答へ
20:00に来よといひ、夕食して会社へゆきbonus受取る。城平叔父あやまる故あけて見れば5,000。
集会所で自治引継ぎの座談会。業者として田中米店、徳野酒店、炭屋来り、浅沼来ず。会社より杉浦氏(※杉浦実)、やめし竹村氏(※旧庶務課
長)、池元と我とに寮生大塚、長山、衣川の3名。すみて帰りbonus(※賄人)池元と辻とにわたす。
神田先生(※神田喜一郎)より礼状。岩崎昭弥より8月第一日曜(※岐阜に
て)待つと。河合百合子(英1?)より怪しげなる暑中見舞。22:00すぎ柳井君2時間半かかりて来、
beerのみて23:00帰りゆく。5,000の詩集の見本みせ「平林治徳、保田をおしのけんとしゐる」と。前田正男氏
保安庁の有力者と。
7月24日
8:00家を出て小阪までbus。瓢箪山の西宮君(※西宮一民)を訪ぬれば在宅。『玉葉』その他図書館に
入りしと。出て上六の天地書房にゆき『東北の方言(150)』『那覇方言概説(150)』『朝鮮通史(250)』『朝鮮文化史論(250)』
買ひてbusにて東天下茶屋。本間家にゆけば10:30。教へて話しゐる中、昼食にまむし出され、食べて出、またbusにて小野和子にゆけば
大掃除とて在宅。山崎氏に初対面、ともに出てこれまた大掃除中の長沖氏に『李太白』1冊わたし、小野より児玉君(※児玉円城)
への不満きき、別れて塚西へゆく途、apartに林叔母訪ねしも不在。塚西より訪ね訪ねて山中家へゆけ
ば、たづ子君まだ帰らず、母君に送られて藤野家。病臥中のdoctor見舞ひ、和子嬢に太田陽子の西帰伝
へ、玉出駅まで送られてナンバ。荒木君(※荒木利夫)訪ぬれば、とりやめしあと10名を越えしと。地下鉄
にて梅田、万字屋にて『平家物語考証(800!)』『魯迅選集(80)』買ひして阪急8階にて明日のいとこ会の
時間きけば11:00からと。靴に金打たし、世界平和をキリスト信仰からとの説教ききて帰宅。
南部英美子嬢、中学の先生となりしと。森克己氏より『台湾風物』2冊転送。元々社より「週刊読売にて推薦
されし」と。食1石原薫より暑中見舞。
7月25日(日)
桐山眞、中村貞子、森克己、南部英美子、小林仁太の諸氏へハガキ。西保、齋藤2生へ『骨6』。
9:30家を出て散髪。11:00阪急にゆけば人影なし。古本屋にゆき鳥居『ある老学徒の手記(180)』買ひてゆけば咲耶・渡夫妻、すみこ
母子、丹羽夫妻あり、14:00までかかりて解散(※「いとこ会」)。山本治雄に電話せしも不在。
けふ入矢義高氏より『李太白』の受取。20:00小野和子より電話、
28日17:30「おもかげ」で待合せ児玉君(※児玉円城)に逢はさんといふ。けふ『週刊読売』買ひ推薦
の辞を見る。註釈よしと。
7月26日
西川英夫へ『骨』5冊。楊雲萍氏へ抜刷と手紙(10+24)。元々社へ1,000同封「10冊送れ」と。
大へ「岑夫の分返した、雲井書店へ行ってくれ」と。
9:00出て本間家、寝てゐしとて宿題やらず。11:00すませ斎場前で下車、『Brantome
(60)』『全国市町村便覧(10)』『昭和22年毎日年鑑(20)』買ひcoffeeのみて帰宅。(『平家物語 下』を新本で買ふ。)
山尾浩子より手紙。鳥居治子(食1)、明漫(文2)、齋藤かずゑ(文U3)、山中(文2)、北野雅子より暑中見舞。京また消化不良。

7月27日
午后、tobacco切れ、会社へゆきて父より電燈代と水道代の立替とり、29〜31日の(※高野山への)旅行届出す。倭周蔵、橋本貫一2君
より暑中見舞。壽岳博士より『李太白』の礼状。小山正孝、宮沢弘子より暑中見舞。浜谷弘子より『李太白』
の受取。
7月28日
曇、むし暑し。植村清二先生より手きびしく「李太白の見方、因襲をかへ得ざりし」と。木村(文2)、松山
(食1)より暑中見舞。
13:00出て本間家、14:30すみて大丸へゆきwhite-shirt。古本部見しも何もなし。心斎橋筋下りて「面影」、小野生を待ちて
juiceのみ、次いで「オランダ」といふにゆきて児玉君待ち16:00出て千日前で別れ、天牛南店で『平家物語諸本の研究(300)』。ま
むし食って帰宅。けふ佐瀬より電話、長野敏一来てゐる由。
7月29日
6:00起床、6:30家を出、鶴橋よりtaxiにてナンバ(110)。8:13にのりて高野山。同行院長、守本、高岡、梅垣、長沖の5氏
(※神崎驥一、守本文生、高岡斉、楳垣実、長沖一)。成福院にて昼食、会議、夕食、会議、就寝
22:30。
7月30日
会議。
7月31日
朝から会議。夜学廃止、校外講義、推薦入学廃止、研究科設置などきまる。奥の院へ我のみゆき帰りて古本屋で『四国の方言(160)』買ひ、中
野英夫、蒲池2氏にゑはがき書き、院長(※神崎驥一)と碁して(6目で1番負け)、16:00出発。ナン
バ19:00前着き平野屋で夕食。別れて天牛南店のぞきしあと帰宅。
平凡社より稿料遅延のことわり。元々社より「14冊送った」と。西保嬢より「7月の便り」。鍵谷洋子より「9月学校へ来る」と。石川正智先生
より「一度来よ」と。荒井平次郎、金井節子(L2)、木村陽子(食1)、小林千余子(L2)、山田登志美(食1)、細野美智子(L2)、花
井彩(府立女子大)より暑中見舞。斎藤堅太郎先生より同。加藤定雄より礼状。堀場正夫よ
り仝。杉山美都枝氏よりロマン派のこと。森桃子より「一度会ひたし」と。溝端富子(中西)より暑中見舞。宮
本正都氏より「篠田博士、毎水曜池田に泊らる」と。
8月1日(日)
昼寝す。前川圭子(食1)、下村喜美代(仝)より暑中見舞ありしのみ。16:30入浴中、八木嬢(※八木よし子)来る。富永館長(※富永牧
太)胆石病と。麻雀模様の浴衣もて来しゆゑ悪口云ふ。丹波市に痴漢出没と。19:00駅まで送りゆく。
8月2日
家居、草刈を午前と午後にす。久万哲男関節炎のため退社といひに来る。『骨』の原稿、詩1、「東京日記」「天野忠詩集評」と書く。上村博子よ
り「扇雀後援会に無給で働く」と。百済安璋子より「中元送った」と。天満、萩原2卒業生、大塚、中井(L2)、津熊照子(1回生)と暑中見
舞。清水文子より「8月7日12:42三島行にて岐阜市美江寺町すみよしやへ行く」と。参加の返事し、岩
崎昭弥に江口(※江口三五)、伊藤賀祐2友へ
の案内たのむ。
百済生へ『狐の詩情』、齋藤堅太郎先生へ『李太白』包み、本間家へ電話し明日10:00前ゆくといふ。けふsalary届きしゆゑ、池元、辻
に4,000づつ渡す。
8月3日
晴、暑し。8:00前出て院長宅。『李太白』を呈しいろいろ話して10:00本間家へゆきドイツ語。月謝くれず梅田万字屋にて『女性に関する
十二章(100)』、市村『東洋史要(100)』(山中タヅ子とともに7階の横山(※横山薫二)訪ねしに
欠勤。我rice
curryとcoffee、かれjuiceとcoffee)。石切にゆき小阪に引返し『平家物語の説話的考察(400)』『こども風土記(20)』『自然
科学史(60)』『ク・春夫集(40)』買ひてbusにて帰宅。松下公子より暑中見舞。
8月4日
家居、父より電話。7月分支払の請求書についてなり。〒山本敬子敦子姉
妹、山本陽子より暑中見舞。中井英子洲本より。蔵本恭子(L1)徳島より。安部順子より仝。林祐治、亀井昇より仝。千川義雄より雑誌、この間
13日に学校を訪ひしと。山前実治君より入れちがひに催促状。
8月5日
会社へゆき立替の清算し、7,8両日の(※岐阜行き)旅行届す。咲耶より挨拶。橋本幸子(服1)、藤原加
代、太田昭子、浜谷姉妹(※浜谷照子・浜谷弘子)より暑中見舞。岡崎玲子(服1)、鍛治初江より同。出雲
礼子より仝。藤原幸子より仝。神崎院長(※神崎驥一)より礼状。宇都宮清吉氏より仝。
夕方、長山と屎尿汲取代1,500徳野忠子にわたし、busにて天満橋。『現代東亜人名名鑑(70)』。坪井(※坪井明)
にゆき薄井(※薄井敏夫)未亡人に2,000贈ってくれとたのむ。
8月6日
9:00家を出、本間家へゆき3,000もらひて出る。(荒木君に電話すれば13:00より不在と)。南住吉apartへゆく途中、住吉区役
所に寄り庶務課長中川俊雄と会ふ。我をおぼえずと。硲君(※硲晃)にゆけば、けさ我のところへ来るつもり
なりしと。8月31日生れの嬢ちゃん見て、山本君(※山本重武)にゆきて礼云ひ、その中[辞]めると云ふ。
出て高野線で荒木君(※荒木利夫)にゆき吉田君(※吉田栄次郎)と話
しつつ昼食、「面影」につれゆき、別れて梅本吉之助に会ひ薄井夫人の
こと云ふ。十合古書部で鴎外と迢空『死者の書(200)』買ひ、日生へゆき松本一秀に会ひ、藤原嬢(※藤
原幸子)よびて本与ふ(高野とまちがへし也)。ともに出て喫茶、図書館前で別れ、山本事務所へゆけば無人。
帰宅すると清水文子君より電話恰もかかり、(※岐阜行き)参加者5人と。行かんといふ。西岡照子より写真
再送。高野敏子より忙しと。山口千恵子、伊藤久子(2回)、西川良江(3回)、伝田(L2)、吉田悦子(食1)、増井園子(?)より暑中見
舞。伊東夫人より仝。東井夫人より仝。増田(※増田正元)弟より仝。八木嬢よりゆき子へ礼状。山前君(※山
前実治)より「原稿われと佐田君とのみ」と。鳴田「肋膜炎にて退社」と。
8月7日
10:00出て横山、大河原たづねしにともに不在。『狐の詩情』2冊買ひ、待てば清水、谷川、西岡、福井、柏原と
5人のみ来り、西宮君(※西宮一民)とで7人、12:42三島発にのれば平岡も来る。京都で逓信病院の沢
田生見送る。
16:30岐阜へ着けば岩崎(※岩崎昭弥)、保田夫
妻、子とともにをり花火祭見に来しと。後刻を約し美江寺町「すみよしや」に入れ
ば、江口三五氏より電話ありしと。こちらより電話し、迎へに来しautoにのり、ゆけば喜びて迎へ
beer半打(※ダース)とsider1打とをたまふ。保田、明日訪ねると伝へ、22:00岩
崎昭弥より明日来るときき、24:00まで話して眠る。
8月8日(日)
よべ帰りし伊藤賀祐より電話。岩崎とともに現はる。江
口三五に紹介し、彦根の河村先生(※河村純一)に電話しおくと岩崎よりきき、犬
山城へ電車(よべ本多喜久子氏の家たづねしに戦災に会ひて行方不明らし)。写真うつしてもらひ、(※犬山)駅前にてす
し食ひ、新岐阜へ出て土産買ひ16:41大阪行にのり彦根着。
河村先生とへば岩崎より電話なかりしと。中川、広田、藤野、小林、若森と呼びあつめてもらひ24:00まで話してとめてもらふ。保
田も昨日ここに泊りしなり。


8月9日
7:00起床、石川県の団体にて忙しきをせかして朝食。出んとすれば勘定河村先生支払はれしと。200茶代にわたし先生への電話たのみ、
9:00出て中村竹次郎へ寄り見しも不在。岸田美子『森鴎外小論』買ひてbusにのり9:35駅につき、
準急券(60)買ひて京都まで立ちづめ。ふと下車し、畠山邸(※畠山六右衛門)に電話すれば大掃除にて会
社と。吉野書房にゆき高鳥と話し、畠山氏に電話すれば迎へに来ると。出て表で待ち、祇園「池田家」にゆき
豚かつ食はせてもらひ、依田君(※依田義賢)に電話すれば柳井三千比呂ゆ
きて原稿とりしと。山前君の電話番号きき、河原町四條まで送られて別れ、『ポオルフオル詩抄(120)』『慵齋雑記(50)』買ひしてのち、
山前君(※山前実治)に会へば、荒木利夫君より原稿も『李太白』も同人費も未着と。
羽田に電話し、15:00朝日会館前で会ふこととし、彙文堂に寄りて本3冊たのみ、羽田(※羽田明)に会
ひて和田先生、防衛庁、平凡社の話す(羽田も平凡社に詰問せしと)。夫人と坊や来しゆゑともに喫茶、別れて帰宅。
留守中、河井ち津の父定吉氏来りお中元、久保田初美より仝。井上斌子より手紙。薮芳道君より暑中見舞。大田サワ子、米沢昭子、榎本須美子(ま
だ安静命ぜられゐると)。上田弘子、辻芙美子、古谷悦子、市村伎餘子、岡幸代、希美、成尾禧紗子、千場和子、浅野通子(堀)など、文芸の卒業
生、在校生よりハガキ。井上博子(食1)より仝。
小高根二郎君よりハガキ。花井裕より仝。夕、原君熊工の先生来りしゆ
ゑ会食すと。ゆきて例の説教上戸きく。
(大(※西島大:弟)より成城に転居、雲井(※原稿を預けた雲井書店)さがせしがどこかへ移転しゐる
と)。小野和子より「Peace」3缶。(けふ京都駅前で山下幸雄君に会ふ。「長尾君(※長
尾直)とともに立命館にあり」と。)
8月10日
世話になりし先に礼状かき9:00行けば省線で伊井玲子、上町線で筒井嬢に会ふ。Salaryもらひ教授会記録わたし『玉葉』3冊図書室より
借り出す。(帝塚山書[院]で『史学雑誌』5冊と『族制語彙』(100))。『文芸春秋9月号』と岩波新書『豊臣秀吉』かもめで買ふ。楳垣先
生(※楳垣実)より水口清氏の『和歌山県植物方言集』いただき、西山夫人の置きゆきしお中元と『玉葉』と
を置きて安村妹とナンバ。不二家で喫茶、近鉄案内所にゆき野崎(※野崎その)にまむしおごらし、「扇雀会
事務所」にゆき上平生(※上平博子)に会ひcoffeeおごり、安村と別れて梅田。宝塚にゆきて納涼帰
る。
20:00鳥本と藤原(※藤原幸子)と来りしと。藤原由子、西本幸子、齋藤加寿栄よりハガキ。けふ森桃子「母より教育者としてあるまじきこ
と」と云はれしとて、おごられるの止めしと置手紙しあり。
8月11日
暑し。家居。退社退寮の鳴田勝挨拶に来る。2,840の受取わたす。青美智子生より角砂糖、岩
崎昭弥より佃煮。芳野清、菊地淑、西保惠以子、山城和子、塚本p子、青美智子、半田祐子より暑中見舞。蒲池氏よりはじ
めて便りと『雅友18』。田中史子生(LU部3)より「十和田湖へゆきし」と。鳥居君より暑中見舞。
8月12日
暑し。鳴田退寮してゆく。上野伸広、徳永(彩、秋山)昭子、清水文子、高野敏子よりハガキ。野中薪炭店より砂糖5斤。けふ16枚ハガキ書く。
8月13日
暑し。悠紀子、京をつれて今川、大江へお中元にゆく。19:30帰り来り、北村ウメノ胃痙攣にて大さはぎなりしと。齋藤かずゑのため空室見付
けくれしと。小野和子叱り10月挙式を承知させしと。坪井(※坪井明)
にpineappleもちゆき薄井夫人への労を謝す。けふ薄井夫人よ
りLungeと礼をかねて報じ来りし也。田中、深沢みち子、末吉栄三より暑中見舞。桑原・生島『文学と女の生き方』『堀口大学詩集』買ふ。
8月14日
暑し。鍛治初江君より電話、あとで来てくれとたのむ。平凡社より
(4752−712) (6246−936)の2口現金輸送、但本代2,040。
堀多恵子夫人より『大和路・信濃路』、筑摩書房より高安国世『リルケ』。山本陽子、佐藤和子より暑中見
舞。藤原幸子より『海女記』貸せと。14:00来りし鍛治君より『玉葉』3冊受取り、髯剃りてともに出、busにて天満橋。古本屋にて大内兵
衛『婦人の経済学(130)』『玉葉集(70)』。またbusにてナンバ。野崎君に会ひてのち別れ、天牛にて井上哲次郎『菅原道真(80)』
(大内兵衛は野崎君に与ふ)。市電にて下味原、古本屋見しが何もなく帰り来る。
8月15日(日)
終戦記念日。けふより筑摩書房の『李白』かきはじむ。「秋浦歌」より始む。芳野清君より「大垣(※大
垣国司)を悼む」。八木嬢よりlist。伊藤賀祐より礼状。竹田龍児氏より「新宮
にあり」と。浅野建夫より残暑見舞。
けふ薄井未亡人に紹介状かきし也。青山喜惣治氏より「この間駅までかけつけし」と。堀未
亡人へ礼状。西川へ「久保亀夫君のところしらせ」と。山本治雄に電話す「一度会ひたし」と也。
8月16日
本間家へ電話すれば淳三郎君外出。けふ夜間2年の匿名嬢よりハガキ1枚。『李白』37枚。
8月17日
暑し。本間家へ電話すればまだ神戸、明日来よと。12:00出て梅田。散髪やで女の子に腹立て、「Svar」で『ドイツ古典哲学の本質
(60)』買ひて石切。生駒にゆきて服部(※服部正己)。夫人体わるきらし。小阪へ19:10服部とつき
堀内の店教へ、『東亜古俗考』『中国短篇小説』(200)。
帰れば亀井(※亀井昇)来りをる。入浴、夕食す。けふ『白珠』来り『李太白』の広告しくれをる。齋藤かず
ゑ生より漢文の質問。上田阿津子生より古典講読の転科。山荘、則武、宮口の諸生より暑中見舞。河野岑夫より挨拶。(けふ藤原生より電話、明日
来いといふ)。
8月18日
雨ふる。Rain-coat着て9:30出しに駅で晴る。本間家にて新しき読本やり、神戸の瓦せんべいもらひて11:30出、大丸の古本屋に
ゆき『鮮訳聖書(250)』『漢鮮日字典(150)』買ひ、梅本訪ねしに坪井に
会ひし由。昼食にうなぎおごり呉る。日本生命にゆき藤原生(※藤原幸子)に瀬川(※瀬川清子)『販女』貸し、山本事務所にゆけば(※山
本治雄)居り、細君をまま子いぢめと怒り明子つれてをり。山本の出しあと佐瀬と明子にのみもの飲ませ、市電にて京橋、
帰宅。
上田来り、やめて漁業すると。西川(※西川英夫)より「仁田工吉の歓迎会する」と。安村明美より礼状。石
橋信子(LU2)より暑中見舞。けふ平凡社より智天豹(?)につき早くかけと速達。坪井より高校の転学につき問合せ。
8月19日
平凡社にことわりと受取。山本文子夫人よりこの間不在でと!西川より「関口に連絡すれば(※東京での就職口)他にもたのめ」と!齋藤かずゑよ
り下宿今のところでと。太田陽子志賀高原より。久保亀夫に『李太白』送り、よろしくとたのむ。
8月20日
本間家に電話すれば淳三郎君午前中にと。ゆけば「この頃ドイツ語わかって面白し」と!
11:30出て小野和子にゆけば在宅。昼食たべさしてくれ御坊の土産呉る。児玉君と
10月結婚ときまりし也。岩崎次男氏たづね坪井の手紙わたし、転校きけば駄目ならんと。短大へ寄り岩橋女史と話し高野線にてナンバ。電車にて
平石氏に会ふ。荒木利夫訪ぬれば会議中。「面影」にゆけば電話ひく(75-2101)、藤
沢桓夫氏に会ひたしとのことに石浜氏へ電話し、郁子嬢にいへば桓夫氏出て来て涼し
くなったら来よと也(片岡鉄平夫人の紹介状もち文学やりたしと大塚女史の話)。十合へゆく途中、久保田初美に会ふ。児玉君に会ひにゆきしも不
在。古本部で『品花宝鑑(50)』(天牛で柳田『日本の祭(100)』)。帰れば大阪書籍の柳井君(※柳井三千比呂[道弘])
より電話ありしと。夜、深沢女史(※深沢美智子)より電話「柳井君病気ゆゑ女史明日来る」と。
8月21日
家居、疋田紀子嬢より元気出せとお説教し来る。杉本聿子よりハガキ。電話料1,907、大塚にまはす。けふ深沢みち子君(※深
沢美智子)来り「大阪書籍の『中教』に高村光太郎の詩の解説を」と。忙しといひてことはる。『李白』68枚。
8月22日(日)
疋田生に電話かけしのみ。〒なし、めずらし。『李白』92枚。
8月23日
坪井に電話、転校だめと云ふ。父より電話、来よと。9:30出て本間家。早雲女史に紹介かく。岸の里まで歩き、出雲屋でまむし。「十合」の古
本屋にゆき柳田『神を助けた話(250)』『信州随筆(200)』、楳垣『京言葉(60)』、露伴『幽秘記(50)』。
busにて天満橋、今津北通。会社へゆけば27年7月よりの寮費見せよと。杉浦氏(※杉浦実)庶務課長、康平叔父総務課長と。〒詩集1冊。
8月24日
家居、『李白』119枚。佐瀬(※佐瀬良幸)より電話かかり「山本宅盗難ありし」と。八木嬢より
list。萩原みち子(※萩原美知子)、豊田佐世子より残暑見舞。夕食後、大江叔母より電話、明日夕方ゆくと約す。
8月25日
9:00会社へゆき給料表と自治会の補助12,600+賄食費5,720を康平叔父に呈出。
梅田へゆき万字屋で『復軒旅日記(40)』、山本にゆかんかとせしが思ひ返して藤井寺。昌三叔父宅へ。また[空]巣入りしとて大江叔母留守し
ゐる。小野和子また昏姻延期といひしとて叔母怒りゐる。出て小野にゆき外へ呼出し家へ電話してのち氷宇治食って話し帰宅。
角川より『ハイネ』9月5日3,000再版と印紙送り来る。小高根、子持、堀内、西保の高野山からの寄書。本田晴光氏、児玉敏子(L2)、鳥
居治子(食1)より残暑見舞。伊井利枝子より沢田(旧土井)黎子の住所。
8月26日
家居、ひるね。岸明子より残暑見舞。硲君Calpis2本もって来らる。気の毒なり。『李白』すすまず。けふ悠紀子をして角川へ印紙送らし
む。
8月27日
朝、杉浦氏(※杉浦実)より賄の食費と大掃除の薬代についていや味。康平叔父へのいぢ悪なり。昼までかかりて『李白』137枚となり、午后小
阪へゆき天理へゆく。駅よりtaxiにて石ノ上まで100。運転手にきけば眞柱9日帰来と。八木母娘に東京の高野夫妻のこと伝へ、電話して高
橋(※高橋重臣)君にゆき、すし夕食にたまはりて帰宅。
けふ薬師寺へゆく前川佐美雄氏に会ひ、書いてくれと云はれし。『台湾風物』より楊雲萍に
近々わが便り送ると。原稿9月5日まででよしと。(9月5日以後に送ると返答)。
青山喜惣治、青山一枝、■弥生より残暑見舞。森本佐一君、庭窪の研究所へ転任と。
8月28日
角川書店より速達、「昭和文学全集昭和詩集のため219行!!を9月6日までに」と。諾の返事す。西川良江より生野区の田島中学に9月より就
職と。13:30出て『台湾風物』社へ9月5日まにあはずと航空便。
大阪書籍へ電話し前田社長(※前田隆一)の在否たしかめ鶴橋、桜川2丁目をへてゆけば会ふ。この間、保
田と防衛大学へゆきしと。良きや否やわからぬも前田正男氏に云はんと。5日頃また保
田と上京と。柳井三千比呂(※柳井三千比呂[道弘])と話し、深沢みち子(※深
沢美智子)と話し(10日すぎ会食せんと)、出て桜橋。
『現代詩人全集 光太郎、犀星、朔太郎(65)』、news見、夕食たべ吹田書店にて『天平芸術の研究(50)』。
8月29日(日)
京都駅にて電話すれば依田(※依田義賢)来月初まで在京と。丸物で『李太白』買ひ、(※三女の)京のぬりゑ買ひ、山前に電話すれば在社、
15:00ゆくと約し、市電にて高野行にのり、賀茂川わたりて下り、野田宅へゆけば野田又夫上京と。『李
太白』名刺代りにおき古本屋で『標準語研究(50)』『古今武家盛衰記1(100)』。洛北高校まへ迄あるき、また古本屋に入れば『文章軌範
講義2冊(60)』『広東語会話典(10)』。きけば主人死に若主人戦死と。『鼠牙(30)』買ひて100とし、東山線にて山前(※山
前実治)。
校正見(『骨6』の同人費まだ受取らず)、ともに出て四條。京阪書房で本7冊学校へと註文し、「れんこんや」にゐる山前君の許へ引返し、小婢
に「会議は踊る」書いてやり(片カナ!)、四條まで歩きて西瓜食はさる。田中忠夫、堀場正夫は昔の仲間
と。四條よりともに京阪特急にのり七條で別る。
帰れば月給3日と。増田来り、民俗学の本貸せと(3冊かす)。小野和子より2回電話あり、31日また電話すと。杉本長夫氏
より『詩声』創刊号。吉松久寿枝より残暑見舞。和島みね子、鞆より。筑摩書房土井一正氏より「李白150
枚より少し長く」と。
8月30日
〒は角川書店より、この間の印の押しもれ1ケ所ありしを送り返し来りしのみ。午後、父来り、岡島三郎胃癌にて危篤ゆゑ金いるとて3,000も
ちゆく。
8月31日
東京新聞より速達、9月9日までに随筆4枚をと。杉浦氏より電話、この間のこと重ねて云ふ。『李白』195枚。
9月1日
家居、『李白』かく。昼210枚となる。岩波の茂吉全集刊行会より書簡をと。ハガキ2枚ありしも悠紀子やきし也。元々社より60冊保管承知し
た、30日の朝日に書評のりしと。高垣(※高垣金三郎)が約をふみくれし也。西原直廉、
在英大使館参事官となりし。

9月2日
午前中『李白』220枚とし、本間家へ午后ゆくと電話し、小野和子より姉の家にての手紙、丹波道久より転
任のハガキ見、12:30家を出て本間家。ドイツ語教へ3,000もらひ木津川まで高野線にてゆき、大阪書籍に前田社長(※前
田隆一)訪ね、履歴書わたし、柳井三千比呂(※柳井三千比呂[道弘])より詩集
(※『花鎮頌』)もらひ、深沢嬢(※深沢美智子)と出て戎橋。出雲屋でまむし食はせ、近鉄案内所の野崎
(※野崎その)に会ひ天牛南店、本店見て、松田智雄『イギリス資本と東洋(100)』買ひ、喫茶してのち
鶴橋にて別る。
帰れば中野英夫氏、友人(佐伯氏?)つれてまちをり、横尾元通産相の話きき生駒屋へつれゆきて泊む
(1,200)。
9月3日
よべ2:00まで眠れず。10:00生駒屋へゆき見れば中野氏まだ寝てゐる。Toastとみそ汁の朝食たべ、わがいひつけし菓子(300)食
ひて、金のやり方を講義され12:00徳庵駅まで送りと別る。
雨ふり出しが京、悠紀子をり、京負ひて先帰宅。山前君より5日、7号の同人費もち来れ、『骨』その日にわ
たさんと。荒木君に電話してことわる。秋山昭子氏より『李太白』の書
評見しと。写真封入しあり肥えて美しくなりし。角川より印紙の受取。山崎雪子氏より『歌集 海に近く』。けふ会社のsalary出しと。
9月4日
本間家へ電話し、午ごろゆくと云ひ、会社へゆき茶代(900)とラヂオ代(266)もらひDDTのこと城平叔父に云へば寮生にいひきかせての
ち払へと。本間家へゆく時間半端となり近鉄departで『李太白』買ひparlorで茶のみ、傘買ひ(200)本間家へゆく。13:00す
みて住高へゆきしも無人、北畠よりbusにて上六。『伊豆大島方言集』『佐渡海府方言集』『周防大島方言集』(150×3)。吉川仁にゆきし
も不在。帰れば齋藤晌先生より朝日の(※『李白』)評を見た、地図付
せよとあり、賛成と。野田又夫君より写真よしと。山中タヅ子より審査課にかはりしと。岩崎次男氏より欠員
なくなった、あやめ池にてはいかがと(※坪井明より依頼の高校転学の件)。
9月5日(日)
家居、夕方『李白』すむ。256枚。本荘健男より住友金属工業KK鉄鋼部鋼管第二課長に転ぜしと。東大
club、19日(日)14:00天王寺区石ケ辻町110浪[華]荘で会費400と。大塚に会社よりの補助金わたし電気代、水道代(200)
払ふ。
9月6日
京、風邪で休園。9:30出て『李白』送り(105)、定期券買ひ学校へゆく。西宮君(※西宮一民)をり
浜谷生(※浜谷弘子)に写真またたのみ、出て荒木君にゆき『骨』20冊受取る(荒木君は不在)。地下鉄に
て住友金属にゆき本荘健男君訪ねしに昼食に出しと。Juiceのみてまたゆけば神戸出張前と。またゆっく
り話さんと云ひ白井(※白井三郎)にゆく。毛布1枚呉ると。coffeeのまされ(島本に寄りしも不
在)、心斎橋筋南下して十合。児玉君に会へばapartたのむと。末松保和『任那興亡史(180)』古書部で買ひ、『平家物語』2部学校へた
のみ帰宅(けふ住高へゆき山本君(※山本重武)に本間家のこと云ふ。漢文の先生『李太白』買ひくれし
と)。
『文芸日本』10月号、土井一正氏より東朝の切抜。
9月7日
9:30家を出、10:30学校。小野和子より電話、けふ会へずと。松本一秀に電話し(日生の入社試験12日と宮口(※宮口時喜子)にきき)
午後、高校出てともに受験ゆるす故、明日10:00来よときく。(藤原生(※藤原幸子)よりも電話あり)。園博太郎氏、元々
社の友人より依頼あり(※『李白』)再版のため地図くれと。午後、国文学史すま
せ、来ると思ひし疋田嬢に電話かけさせれば来ずとことわりありしと。
けふ山本信江、沢田四郎作博士より『シベリヤ日記』ことづかり来る。藤野和子の音楽会の切符、明日嬢預り
もち来る。帰りの電車で浪中の八百に会ふ。阿倍野の労基監督署につとむと。馬路嬢に会ふ。
帰りて『シベリヤ日記』よむ。夜、『骨7』つつませ表書かく。丸、西川、蒲池、小高根太郎、齋藤晌、西島寿一の諸氏へ。夜、東京新聞へ随筆4
枚かく。
9月8日
9:00家を出て梅田をへて地下鉄にて日生、松本(※松本一秀)に会ひ、西原直廉きのふLondon行の
挨拶に来しときく(大使館参事官)。人事部長、課長、吉川重役と次々に会ふ。藤原評判宜しと。出て地下鉄にて荒木利夫氏。
この間の会にて締切20日、次のguestは小高根二郎ときまりしと。高野線で学校へゆき岩崎、日野2君
に連絡し、あと日生への推薦まかされしゆゑ宮口、西村2生(※宮口時喜子、西村弘子)ときむ。不本意なれどけふcolleg-hourにも出
席せぬ連中ゆゑ致し方なし。
島本に蕪村碑のことにて電話すれば不在。浜谷妹、写真とってくれる。15:00までぼんやりすごし、教授会。推薦とりやめ1月20日頃試験に
つき高校長に会ひにゆくこときまる。夜学廃止もきまり中田博士、胃の2/3とりしとききて散会。修学旅行の付添西宮君(※西
宮一民)とほぼきまる。
帰り天王寺にて松本健次郎に会ふ。重松doctorとなりしと。(けふ壽岳博士より『不滅の日本芸術』と
『English Literature』たまはる。)
夜、鳥本君より電話、来週蕪村碑案内たのむ。浅野建夫、竹内、中野清見へ『骨7』包む。
9月9日
8:30登校、2時間目、宮口生(※宮口時喜子)の父来り、いろいろ話す。我と同年と。西村生来らず、いるの休みに上平生来りしゆゑ演劇部の
方に話せば野村朝子ことわりに来る。山本信江生に沢田博士への手紙ことづけ、院長、古田秘書に紹介す。理事長夫人の肝煎で簔
助会(※不詳)出来をる由。住高へゆき山本君(※山本重武)の紹介にて3年主任奥
野先生の話きく。学院少しおちた由。
出て本間家、来週より金曜ときめる。帰れば(散髪と夕食、近鉄にてし)光岡の父まちをり就職たのむと。夜学3年の漢文試験、出来ず。すみて2
年、帰り谷川生、岐阜の写真呉る。よくとれてゐし。
けふ上町線で挨拶せしは神戸女学院へゆきし大津千代子。けふ園氏より電話あり、印刷とめてゐる故、正誤表送れと。学校へ早く来ありし篠田博士
(※篠田統)の『李太白』受取(少しむつかしと)、今市佐恵の妹に代りて礼状。
9月10日
8:30出て大鉄河堀口で天王寺高校へゆけば後藤校長不在。3年担任の人に会へばinkをこぼし大して話もせず。家庭科の人は敬遠す。天王寺
へ引返し松虫で下りて阿倍野高校へゆき野田又夫氏の令兄に会ひ林教頭に話きく。女子の進学はせいぜい
2,30名と。すみて学校。ゆき守本氏に報告し、後藤田氏より電話ありしとのみきき、宮口、西村2生(※宮口時喜子、西村弘子)の紹介状を松
本にかき、光岡にtobaccoもちゆかせ、午后の授業すませし頃来し(※伊藤伊藤久子)と話し、salaryもらひ、鍛治君(※鍛治初江)
と長沖氏と4人でナンバ。3人となりて野崎(※野崎その)をさそひにゆきしもきかず(天牛で春夫『机上枕
上歩上(130)』、新村出『行雲流水(130)』買ひ)喫茶して2嬢とわかれ、高島屋で『舞踏の歩み(30)』『児やらひ(30)』買ふ。
白地図よきものなし。
帰れば「元々社」池袋にうつり人もかはりしと。とりあへず2版を1,000と印紙送り来る。筑摩の土井氏よ
りかなづかひ、ふりがななどの問合せ。久万より挨拶、西保君より挨拶。けふ『文芸春秋』10月号買ひし。(山本信江生わが手紙を沢田
doctorにもちゆきしとき石川道雄氏同席せしと)。
9月11日
家居、昼寐。悠紀子、京をつれて買物にゆく。12号台風近づく。山崎雪子氏より高石小学校の先輩とききてうれしと。山前君より締切25日と。
9月12日(日)
台風12号来とてさはがし。縁側に板打ちつけてくれしは沼田なり。『ハイネ』の再版角川より来る。中野英
夫氏より『東朝8月30日号』2部来る。八木嬢よりlist。『李太白』(※再版)のための地図かき了り、『昭和詩集』のため219行をゑら
ぶ。13,14日、小中高校休みとradio。宮口(※宮口時喜子)に電話すれば試験すみしと。和田、太田両夫人へ『骨7』つつむ。
9月13日
台風騒ぎつづき学校よりけふ明日休講と電話。康平叔父よりも電話。悠紀子、依子、細川君にて窓打付けすむ、感心。角川書店より送りし
Heine写真なくなりしにより送り直すと。藤野和子君に電話すれば明日の音楽会10月5日に延期と。
9月14日
よべtyphoon北へ逃げしと。朝の中に釘を抜く。白井に電話すればあと2枚工場より取りよせると。来週行くといふ。角川よりHeine再
版また1冊来る。夕食後出て天満橋。『女工哀史』買ひ、古本屋にて永井潜『結婚読本(50)』『法窓秘聞(150)』。坪井にゆき夕陽丘高校
の園田教授に紹介状かかし、伊東詩碑の100受取り、帰れば松本一秀より電話。宮口(※宮口時喜子)落ち
西村(※西村弘子)通りしと。
9月15日
8:50夕陽丘高校へゆき園田教頭に会ひ話きき(逓信病院に寄り第2内科に中谷信之訪ひ、その中7回生の会せんと云ひHine贈る。看護婦に
沢田愛子をり。)、近鉄departでcoffeeのみて帝塚山。かもめ書店に鴎外全集代払ひ、登校すれば院長不在。来週のcollege-
hourに今東光氏呼ぶと。小野和子13:00来ると。ぶらぶらしてcollege-hourに出、西
村、宮口(※西村弘子、宮口時喜子)呼びて日生より通知あれば云ひに来よと云ひ、宮口に家への地図かかし、来し浜谷妹にnegaもらひて角川
へ送り、ハガキ5枚かきして小野と共に戎橋。スバル座で「ラプソディ」見て17:30(上平(※上平博子)
を扇雀の会に訪ふ)、宮口宅へゆけば父君不在、母君と話す。宮口生、母を軽蔑すと。ふしぎ。鴫野まで送らして帰宅。
東京新聞より随筆送り返し来る、不快。井上多喜三郎氏より『李太白』の礼。齋藤晌先生より『骨』の礼状。
9月16日
登校、院長けふも他出。昼まへ西保嬢より電話かかりし故、来さし、小出氏にも会はす。12月(※西保恵以
子結婚)式と。宮口生来り、17日来よとの日生の電報示す。西村は来ず。順当なれど松本の電話と反対なり、ふしぎ。浜谷と土曜12:30に会
ひて毛馬へゆくと決む。
午後、上平来り扇雀のこと。演劇部に云ひて出る。(疋田生より当分学校へゆかず。文芸clubの幹事辞任すと電話)
堺脳病院に肥下(※肥下恒夫)を訪ひ、伊東詩碑の100とり、浅香山
小学校に次田校長とひ校歌ことわり、肥下と3人全田に会合することとし全田で待てば17:00、次田氏(※次田利夫)肥
下とは堺中の同級にして久しく会はざりし也。18:00出て夜学にゆけば藤原生来り、鳥本に電話さし土曜13:30天
王寺公園前にて待合せと定む。帰宅すれば渡辺鐐子より松井佐和子と一度学校へ来たしと。角川より『昭和詩集』の原稿催促。
※〈九月十六日 午后三時、田中克 己来訪。午后五時過ギ、全田叔母ヲ訪フ。田中、及浅香山小学校校長次田氏来テヰル。〉 肥下恒夫日記:『悲傷の追想』 澤村修治著2012 92p
9月17日
9:30家を出、英2植田清子とともにゆく。院長に会ひ住吉、天王寺、阿倍野、夕陽丘4高校の報告す。午后すませ西村生(※西村弘子)つかま
へてきけば日生より便りなかりしと)、15:00出て疋田生にゆかんとすれば雨降り出で、北畠にて道にまよひ、見知らぬ女人より傘さしかけら
る。やっと見付けて母君と会ひ、一人息子と云へばそれでもよしと。傘さしかけられて北畠。本間家へゆき淳三郎を1時間待ち教へて出れば雨や
む。徳庵にてまた振り出せしに徳野食堂にて電話かけ、親子丼食ひて待ち、悠紀子のもち来りし傘にて帰宅。鳥本、浜谷弘子に明日の毛馬行とりや
めを電話す。
関口より(※防衛庁)山田人事課長に会ひしに前田政務次官よりも話ありしと。明年(※防衛大学にて)歴史
(※の講師枠)明くゆゑ麓氏(※麓保孝)に連絡せよと。堀内幸枝より
『骨』見てゐると。『東洋史研究13り3』。台風14号明日来ると。(けふ漢文の再試験8人を掲示す)。
9月18日
朝より雨。幼稚園より中学まで休校。寿一(※西島寿一)より手紙と『ことたま』。吉井千秋のpen-
nameを用ふ。
午ごろ康平叔父より電話、寮生の安全に気をつけよと也。ただし台風は東海にそれたり。夜、長山来り、26日の自治会役員会に出よと。京都にゆ
くといひてことわる。
9月19日(日)
関口、丸2君へ手紙かき、角川より『昭和詩集』の原稿受取みて家を出、高島屋に与謝野晶子展見しが大したことなし。天牛南店で周作人『結縁豆
(30)』買ひ、野崎嬢のぞきしもゐず、(斎藤茂吉『柿本人麻呂』5冊学校へ註文)上六へ出て、鮮訳『ハイネ詩集(60)』買ひて浪[華]
荘。石山、藤井、八田、壷井、坪井、岡本、吉永と話し、桜塚(※桜塚高校)松浦校長に坪井より紹介受く。明日午前中ならよしと。赤間知事(※赤
間文三)、水川委員(※水川清一)来場。17:00早出せしに入口に後
藤田卓美嬢あり、水川氏の自動車を運転すと。母君に会はせよと云ひ、明日午ごろ府
庁へゆきみることとす。そこへ浪中の西田といふが来て挨拶す。昭和13年に1年生として我に3月教はりしなり。末吉(※末吉栄三)と噂すと。
出て近鉄にて小阪。松本へゆき見れば西村、宮口(※西村弘子、宮口時喜子)のどちらか誘惑的にて落ちしと。宮口の面接の結果は明日夕刻わかる
と。出て中西にゆく。千川10月より出勤の予定と。堀内により青木正児3冊と『近江奈良朝の漢文学』を学校へ註文し、我も2冊借る。
9月20日
9:30出て岡町の桜塚高校、松浦先生に会ひ試験無試験は大して影響なしと。出て駅前の古本屋を見、『バゴボ族覚書(40)』買ひ、梅田より
府庁。後藤田笑子氏に会ひ府営アパートたのむ。しかるべく運動せんと。この間、多武峯へゆきしと。長沖、
川西両氏が苦手と。タバコ30ケ呉れcoffeeおごらる。荒井の室へゆき丹波、天岸にも会ふ。出て市電、本町1丁目で下り、俣野(※俣
野博夫)に会ふ。Indonesia人を使ふ。白井に電話してゆき毛布1枚もらふ。2,000のものなりと。ぶら下げ
て伊藤忠へゆき伊藤徳よび出し奥村嬢の夫、森田氏に紹介さす。島田嬢の結婚は怪しと。森ノ宮へ市電で出て帰宅。
9月21日
悠紀子出しあと弁当見当らず手ぶらにてゆき桃谷より歩きて通産省日用品検査所探しあて、女の子にきけば前田福太郎氏
名古屋へ7月転任と。(途中古本屋にて伊東静雄『春のいそぎ(30)』見付く)。
Busにて桃谷。近鉄departにて『青春の[歌』曲集』と『李太白』と買ひ、学校へゆけば宮口身体検査のこ[と]しと。楳垣氏、和歌山の
就職探しにゆき下さると。堀内より本とどきをり高きにおどろく。12:00すぎ松井嬢来り、9月15日でやめしと。渡辺嬢来り、待合せ場所に
て会へず。平野行にのりしと。2人とも菓子もち来る。授業20分お説教し、守本先生(※守本文生)より許し得て天理へゆくこととし、2人と
15:00出て近鉄departで喫茶。16:00すぎ鶴橋よりゆき17:00天理着。駅の案内所できき郡山の詰所にゆけば南海詰所と。
Poolか高橋君へゆかんとすれば後追ひ来り、大阪より通ふと。
とも角poolにゆけば偶然浦畑文子に会ふ。芦津詰所にをり20:00ごろひまと。本2冊与へて八木嬢訪へば、高野君、友人と十條に
150,000で家買ひしと。3畳と4.5畳2間と。夕食くはしてくれしゆゑ『李太白』礼にわたして19:30出、芦津詰所にゆき、青木、浦
畑2生と話し、20:25にのりて帰宅22:00すぎ。(けふ「かもめ」で鴎外6回配本受取る)。
9月22日
登校、11:20なればあはてしに、やがて今春聴(今東光)氏来られ、院長の紹介受けしのち講演「比較文
学」と題し谷崎純一郎の真個の秀才なりしを語らる。すみて昼食をともにし、保田、小林秀雄が現代(※一番の)の評論家ときく。東光山天台院の
住持となるいきさつ面白し。13:30木村静子氏とともに帰らる。
修学旅行参加者22名との故に楳垣氏と相談。けふ黒田製薬社長より電話かかりしと云ふに、こちらよりすれば長沖氏に原稿をとなり。教授会にて
文芸の旅行中止を24日告げることとなる。よし。高校の3年生主任を呼ぶこととなり、17:20すみ、追試験にと来しを順次よび入れて説教
す。瀧本生(※瀧本美津子)泣く。19:00出て梅田。吹田に泊る。(けふ沢田[※四郎]博士より『熊岳
城遺跡(※熊岳城温泉付近遺跡の研究)』と『近畿民俗』14冊賜はる。)
9月23日(秋の彼岸とて休み)
千里山へ散歩してのち、阪急古書部にて春夫『大東亜戦争(100)』、阪急友の会に寄りしも額田節不在。帰宅すれば小高根太郎よりOuang
Tchouanchanfは誰なりやと、王船山なり。
芳野清君より詩、元々社よりまた1,000部の検印。出来は27、8日と。
9月24日
検印送り、10部くれと云ふ。省線で守屋君(※守屋美都雄)に会へば『李太白』感心したと挨拶なり。(徳
庵駅前で父に会ひ城平叔父入院ときく)。和歌山の古本屋への註文書を鍛治君にかへし、伝田生にもちゆかすこととし、力身生(※力身好子)より芥
川比呂志氏との写真もらひ、楳垣教授(※楳垣実)と文芸専攻の修学旅行とりやめを伝へ、歴史の時間に「Jeanne」
を問題として与へ、沢田博士へと手紙と研究年報とを山本信江にもちゆかすこととし、16:30来し本間君に18:00来てくれときき、出て警
察病院。城平叔父見舞へば糖尿病の食餌指導と。5年後の祖父50年祭に追悼録を出すと。康平叔父も来会し、きつく話し
あふをききし。マミ子(※田中万美子)この間、勤、楠弥太氏に会はざりしと。
本間家へゆけば来週木金2日かかりてやることとなる。西保、山中2生よりハガキ。(明日福井房子の追試を家で行ふこととす。)
(けふ天王寺より斎場前まで歩き、保田『戴冠詩人の御一人者(20)』と『青春の歌曲集』を買ふ。後者は3冊目なり)
水爆犠牲者のNo.1久保山きのふ死せしとてさはがし。
9月25日
家居、森田宏子夫人よりハガキ。堀内幸枝氏より船越章Radio山梨
につとめてゐると。伝田生(※伝田雅子)より電話、3冊をのぞきてみな持ち来りしと。16:00福井生来り追試、放出中学の生岡先生は同級生
と。依子の去年の担任なり。
9月26日(日)
家居。台風15号それしも余勢あり。太田陽子夫人より藤野和子嬢、近く結婚と。
9月27日
晴。きのふ青函連絡船で1000人以上死せしと。西保嬢、大和へゆきしと。電話して会社へゆき又より補助
金受取る。(堀内に電話して写真売るかとききしに不明と)。荒木利夫君に会へば原稿まだと。喫茶して学校へ再試の報告。歩きて十合、児玉君へ
apartのこと云ひ『柳樽4』駸々堂で買ひ、歩きて東亜紡績にゆき毛布2枚、白井よりわけてもらひ(2,800)帰宅。
9月28日
雨、登校。和歌山の書店より61冊着きしを見る。BKより求人、志望者多し。試験監督午后2時間。
夜学3年の呼出し8枚書く、30日(木)8:00にと也。伝田生に国語書の註文書またもちゆかす。けふにて文芸の修学旅行不参加決定。
帰宅して江口三五のハガキ見る。前田福太郎氏と会ひしと。けさ朝刊に今
西春秋氏帰国を見る。万感交々。
9月29日
元々社より『楊貴妃とクレオパトラ』(※再版の件)来週、齋藤晌先生に伺って決定と。宝国寺より受取。
『祖国』9月号5冊。小野和子より電話、15:00まで学校といひ、ゆきて『平家物語雑考』かきはじめ
15:30大阪書籍に電話すれば前田社長(※前田隆一)出られ、礼などよろしと。
小野来り、apartより40万円の家見付けたと。ともに出てしるこおごられ、あと2ヶ月好きなことさせよと。十合古書部へ1,100払ひに
ゆき、原田大六『日本古墳文化』と『国文学解釈と鑑賞』買ひして帰宅。
けふ藤枝晃へ今西春秋氏への伝言たのむとハガキ。
9月30日
登校、近鉄departへの推薦状かき、『祖国』の「蘇東坡」の誤植訂正などし、古典講読に独乙語の歌唄はせればみなあがり可笑し。
堀内民一氏より電話あり、15:00すぎ来るとのことに、まづ本間家へゆき3,000もらひて[醇]三郎
君(※本間淳三郎)と引返せば、堀内君、山崎雪子女史と待つ。17:00まで話し『絵で見る日本史
(350)』白井君の長男にもちゆき、夕食し、呼出せし2部2年生と話す。瀧本生(※瀧本美津子)来ず、前田、福井は卒業おくれんか。中野ト
シ子来をり、待たせ、後藤田氏にきけばapart少し待てと。中野とアベノ橋でしるこ食ひて帰宅。齋藤こずえより帰郷と。伊
東リツ氏(※伊東静雄妹)よりハガキ。
10月1日
昼まで在宅、出て近鉄departに寄りしに『李太白』なし。斎場前にて買ひてゆき「平家物語雑考」書きゐれば、日生より宮口生の調査に来
り、すめば後藤田府議。申込書2通もち来る。出て帝塚山書店で柳田『苦話覚書(150)』、清野『スマトラ研究(200)』買ひ(けふ特別手
当4144)、今川にゆき久美子にきけば城平叔父の腎臓病よくなし、その上、心配する事多しと。この間鴫
野の中学生来り、正平に会ひしと。録音にて問題起りしと。
夕食よばれ(山本信江に電話すれば沢田博士2日まで上京と。けふ柳井三千比呂も7日まで岡山へ帰省と電話
ありし)、小野和子にゆきapartのこと考慮促し、明日10:00学校で、と云ふ。中
谷とて第一回見合の相手忘れられずと也。寺田町でマードック『世界の原始民族 上(100)』買ひて帰る。(斎場前で
『未開社会に於ける犯罪と慣習(20)』)。(三苫君わが『李太白』買ひしと)。
10月2日
登校、10:00(近鉄で散髪)、「平家雑記」かきゐしに小野和子来り、大江叔母に相談すればapartことわれと云ひしと。北村ウメノの縁
談で一度来よと。後藤田氏にあやまり状かき『李太白』とともに托し、12:00出て十合。古本屋にてBarbier『安仏辞典(350)』
『Knaurs百科辞典(200)』、岩生『近世日葡通交小史(20)』『Come to
Java(30)』『戦国時代和歌集(30)』『飛鳥古京(50)』買ひ、児玉君に家のことちと相談にのってやれと云ひ、風呂敷買ひして(90)出、梅
田、天満と雨にあひ、まむし食って徳庵に着き、家に電話して傘もって来させる。けふ朝、父に会ひしに出ずと云ひしsalary出、宮口生より
日生通りしと電話ありしと。
10月3日(日)
8:00宮口に電話かけ、けふ松本へ行かんと誘ひしに試験勉強でだめと。9:00小阪へゆき堀内に借250払ひ『大阪郷土史双書8冊
(250)』(「大阪城」入り「古代の大阪」2冊ありし)買ひて松本。西原のこと書きし『文芸春秋増刊』と天坊先生の『古代の大阪』礼にお
き、生駒へゆき服部(※服部正己)にドイツ語おそはり、将棋3番さし、すしよばれクタクタになりて出、瓢
箪山に下り西宮君に寄れば、けふ洞川へゆきしと。小阪をへて帰宅。(『風俗の歴史4』を買ふ)。
藤野一雄より『李太白』2版(※地図付き)を買ひしと。諫早文化協会上村肇君より2,000受取った、11月3日(※伊東静
雄詩碑)除幕式の予定と。
10月4日
元々社より2,000部の印税(20,000−3,000)と筑摩より土屋文明の『万葉集』来る。
12:00出て京阪にて京都、京阪書房によれば『万葉集全釈(18,000)』にてあり。それと『朝鮮語辞典(1,300)』、佐々木八郎
『平家物語(1,200)』とを注文し、『清少納言と紫式部』もらひ、向ひにて『大阪文化史研究(150)』『飛騨山川(80)』『北伐
(80)』買ひして山前君(※山前実治)にゆき、きけば原稿まだ一つも集らずと。バカらし。
依田君(※依田義賢)に電話すれば18:00れんこんやでと。小高根二郎君
とも同所でと約し、好川紀夫人に『木下杢太郎詩集』贈りて出、人文科学研究所へとゆく途、彙文堂にてきけ
ば今西氏元気にて帰洛せしと。『中国文学報1』借り、『内藤文庫目録(60)』買ひしてのち人文へゆき藤枝(※藤枝晃)
に会ひ、今西氏帰郷、わがこと伝へしと。外山氏(※外山軍治)と出て篠田邸へゆけば(※篠田統)博士不
在。また研究所へ引返し佐藤長君に会へば神戸大より京大へ転ぜしと。
出て古本屋見しあと、下総町にゆき母に会へば東京転住やめしと。父は何も云はざる様子。出てれんこんやへ
行けば3君待つ。Beerちょっとのみ、依田君(※依田義賢)に講師承諾せしめ、小高根
二郎君と喫茶、中書島まで同車して別る。角川の全集に云はれざりしと。帰宅22:00すぎ、茶漬食ひて眠れず。
10月5日
朝、山下幸雄、赤痢と池川医院の診断書ありしと原君より電話、八尾の避病院に入ることとなり康平叔父、原
君、近藤君など往来す。
10:30われは出て寺田町に寄りしのち学校、13:00まで「平家」かく(電車で佐野君(※佐野道)に
会ひ女子大図書館へ明日の紹介をたのむ)。14:00本間家へゆきしに[醇]三郎君(※本間淳三郎)帰ら
ず、15:00出て(途中で見付けし『李太白』再版もち)近鉄depart。
仮館へまた帰りし松浦営業部長に会ひ、就職の件たのみしに変なりし。本社にての試験ゆゑ力になれずと。
出て一旦帰り、保健所に不潔と叱られしをききて、産経会館へゆく。早すぎしゆゑ高尾に寄り『続台湾文化史説(120)』買ひてゆき、西田章子
(福田夫人)、藤野明子、山中タヅ子、塚本p子、川端教授、川崎みち子、相良紀予子、疋田紀子などに会ひ、(※音楽会)藤野
和子君のCesar A. Franck (1822-1890)のPrelude
ききしのち、coffeeのみにゆき、あと藤野夫人より縁談ととのひしときき、5尺7寸ある婿君瞥見。藤野先生は石浜夫人危篤にて来られずと。21:30
すみて山中、川崎2嬢とまた喫茶して帰る。
10月6日
8:30家を出、定期買ひ(940)、上町線で藤村青一と同車、学校では誰よりか電話かかりしと云ふに後
刻現はれしは井上源一郎君。料理学校に奉職する故、紹介状かけと。名刺わたせばX夫人に
待合せの電話かく、可怪。
12:00出て女子大へゆき佐野氏(※佐野道)より『参考源平盛衰記』借りてうつし、14:00花井生に
傘さしかけてもらひて帰校。伝田生に父君の礼状。ことづける。
15:30より教授会、夜学存続となり、いやになる。すみて本間家に電話し、夕食たべて清水生に菓子もらひ出る。本間家で20:00まで教
へ、車中岩橋講師と話し寺田町の古本屋ひやかして帰宅。西保君より12月挙式と。
けふ後藤田氏に叱らる。安村生より手紙来る。10月分salary出、長沖氏の分、立てかへて鍛治君に払
ふ。
10月7日
よべ2:00石井君来り、城平叔父より電話にて寮生にマイシンとひまし油至急のませよと也。会社へ電話すれば大塚出て池川doctorにきけ
ば賛成出来ずと云はれしと。早速城平叔父にと警察病院に電話すれば池川doctorが会社へこたへずに避病院に入院させしを咎め、明早[朝]
一番にて原君を警察病院へよこせ、autoを栄太郎君に運転させよと也。
早速康平叔父に電話すれば今ごろ無茶と怒る。原君と相談して栄太郎君ことはりしに、あとできけばすぐ来り原家に一泊、早朝ゆきしと。
けふ検便あるに付き指図原君よりありしあと出て学校。(途中『東方学』300を送り、元々社へ『李太白』70冊送れと速達す)。「平家物語雑
記」40枚近くなりしあと、岩橋女史より麦茶御馳走になり、後藤田氏より電話ありしときき、しばらく待ちしのち近鉄案内所へゆき(途中日本文
学アルバム『堀辰雄』買ふ)。野崎君に前田正男氏へ礼をとたのみ、荒木利夫氏訪ねしに東京出張と。上六へ
出て関急産業に木村静子訪ね、16:00までcoffeeのみて待ち『堀辰雄』に立原のハガキありわが名のるを見付けたり。
16:00木村生のところへゆけば今春聴氏(※今東光)に電話かからざりしと。Juiceのませて鶴橋ま
で歩き、あん蜜食ひて別る。(帝塚山書店にてけさ『史学雑誌』6冊(50)買ひし)。小野和子よりハガキ。「どうぞなるべくお許し下さいませ
ね」と。『文芸日本』来り、堀さんの悪口云ふ。ふしぎ。
10月8日
9:00出てアベノ交叉の本屋のぞき、北畠にて『李太白』3冊見付けて買ふ。硲君が本屋にいひてとりよせさせしと。よべ電話かけてよこせし福
井房子に午会ひて単位もらひに走らす。今一人の前田光子は昨日来しも驚かざりしと。
上平生より電話ありしゆゑ藤野明子らにゆけと云ふ。
15:00出れば青山一枝と同車。明日文学座見にゆくと云ふに、アベノ橋で父の支店長なる富士銀行にゆき芥川比呂志君
への手紙書き『李太白』と托す。近鉄departで『日本の顔』買ひ、城平叔父への土産とせしも明日のこととす。けふ〒なし。
10月9日
9:00出て一旦学校へ寄り(「かもめ」で『鴎外全集』第12巻受取り『文芸春秋』11月号買ふ。)、女子大へゆき高馬教授(※高
馬三良)に『史記正義』おそはり、また帰って『文芸春秋』よみ、昼食して退出。美術館でGogh展と行動展とを見、森
桃子と喫茶。別れて日生の支部に寄り、きけば岡本氏、南支部へ転じ、家は今里と。電車にて警察病院、叔父に池川医師と原君のこと云ふ(原君い
ま課長でなき由)。『日本の顔』見舞におき、中田博士見舞ふ。20日すぎより出勤と。歩きて朝日堂の前に出れば詩人あ
り(※不詳)、柿食へと云ふをことはり、また歩きて天地書房。仁井田『中国の法思想史(40)』買ひ、味
原町の古本屋にて『女礼式大全(120)』買ふ。途中cheeze(130)あるを見て買ふ。(朝日堂より電話し松茸300になりしを悠紀子
に云ふ。)
帰れば浅沼をり、前田正男氏に500匁たのむ。西保氏より手紙。元々社より71冊来
をり。11冊は印税差引分とあり。鍛治君より電話、明日出られずと。福井より卒業あきらめたと電話ありしと。けさ千草(※妹)に丸山氏を通じ
て麓保孝氏にたのむと手紙かき『李太白』2冊送りし。
10月10日(日)
2部卒業式とてゆくに『李太白』60冊もち「かもめ」に渡す(※授業教科書用)。
(前田正男氏へ礼状)。10:30より卒業式、77名と。東田君来をり。12:30すみて謝恩会、
13:30すみ、西岡呼びて福井の伝言托し、前田光子に卒業延期申し渡し、木村生より今春聴氏(※今東光)
上京中にてけふ帰阪とのことに、西川、岩井2生と玉出へ歩き、沢田先生訪ひしに外出。『李太白』おきてナンバへ出、出雲屋にて2生とまむし食
ひ喫茶して帰宅。
元々社より9月28日に送りしと。齋藤晌先生より再版も売切と。前川佐美雄氏
より詩をと。千川より下痢のためまだ出勤せずと。八木嬢より転室、父君の墓を[建]てると。
10月11日
9:00家を出、鶴橋をへて奈良。10:00野崎家を訪へばその君(※野崎その)まだをり、母君に前田正
男氏帰寧(※奈良帰還)のとき宜しくとたのみ、出て女子大。まづ天野忠に会ひ、工藤好美、服部英次郎2教
授へ『李太白』たのみ、家政学会に来ゐる八木嬢らにゆきあひしあと、高校にゆき塩見薫主事と話し、出て
『郭沫若詩集』買ひてover coat忘れしに気付きて引返し、とりかへして前川家。(※前川佐美雄、)
短歌新聞記者と話すに会ふ。
山崎雪子氏の評1月号にと。写真とられて出、駅前に親子丼食ひに入れ
ば奥西兄弟(※奥西保、奥西幸)あり。弟は紀州で土木工事監督と。また野崎家へ引返せしあと、弟君と小
野勝年訪ひ、博物館の遼代陶瓷見せてもらひ、喫茶して別れ、和田先生の追憶記のるてふ『思想9月号』むだにさがせしあ
と、近鉄にのらんとすれば保田順三郎君(※保田與重郎弟)追ひ来り、外へ出て喫茶。石切に住むと。奈良漬
もらひて帰阪。
アベノ橋で雲呑たべて学校へゆき1年の漢文はじめて教へ、前田光子を世話し、出て上町線にのれば福井房子あ
り。姫松より500m駈足して引返す。教員免状とるため半年延ばすと。「この間、先生に叱られしゆゑ云へざりし」と。バカらし。一電車おくれ
て片町線で森君と会へば城平叔父13日退院と。角居、腸チブスの保菌者と。依田君(※依
田義賢)より講師ことわると。眞野君より17日来ると。上田局長本省へ転任と。

10月12日
登校11:00、(よべ途中で目をさませしため起きられざりし)。芥川氏(※芥川比呂志)に会ひしとて力身生(※力身好子)12月来阪の時、
案内たのむと伝へ来る。『骨6,7』をまた服飾の子に托す。15:30出て北畠より歩きて千川(※千川義雄)。
腸結核らし。『李太白』に100円だす。むつかしと也。帰途再び蔭山医院を訪ねdoctorに角居のこときけば心配いらずと。『台湾物語』来
る。
10月13日
登校10:00、『楊貴妃とクレオパトラ』の清書を鍛治君にたのむ。(けふ雲井貞長(※雲井書店主)に(※『楊貴妃とクレオパトラ』再版の
件)契約不履行を責むるハガキ出せし)。寺本生来り、疋田生の問合せにつき云ふ。明日13:00先方来る由。木村静子よりの電話待ち、明日
17:00上六にて待合せ、今春聴(※今東光)氏を訪ぬることを約す。芥川氏(※芥川比
呂志)に会ひし連中、毎日来るねと云はれしと。
出て「かもめ」で『李太白』1冊買ひ藤井寺。叔母に『李太白』買はせ、山下幸雄への見舞1,000もら
ひ、縁談、以後は世話せずといひ、清水、田中2生呼びて叔母に紹介し、田中生とbusにて八尾へゆく。同車に保田夫人の妹、
柏原嬢をりし。八尾病院にゆき付添にきけばあと1週間で退院と。出て駅へゆく途中、岡本和子に会ふ。ここに住むと。痩
せてゐし。平岡英茂生より手紙。元々社より原稿用紙送ったと。(けふ藤井寺への途、学芸大平野分校に相野(※相野忠雄)訪ひしも休暇)。
10月14日
登校、齋藤晌先生に『祖国』。塩見氏に『雄略天皇』、『骨』に詩送る。川端教授にきけば大高club、11月14日と。けふ長沖氏欠勤。
竹中郁呼ぶことにきめ院長にいへば、よしと。守本氏(※守本文生)の
後輩と、名刺托さる。
小野十三郎より『伊東静雄詩集』毎日文化賞の候補と。伝田生(※伝田
雅子)つれて佐沢園長に逢はせゐれば、中山八郎氏あと追ひて来らる。つれ立ちて帰校。(クラス委員に来週
木金1泊旅行せよとすすむ)。
しばらく話せしあと市立美術館へつれゆき樋渡氏より茶おごられ、「明器展」見せてもらふ。胡人と美人とうれし。
ともに新世界歩きてのち文華堂案内し『東韃紀行(80)』買ひ、taxiにてナンバ。不二家でrice
curry食べて地下鉄に案内し別る。
けふきけば和田先生(※和田清)脳溢血の発作ありしと。あたかも『思想』の「学究生活の思ひ出」のせしを
もらひしばかり也。暗然としたり。
近鉄案内所より木村静子に電話すれば待つと。近鉄departでcheeze買ひてともに山本下車。天台院へゆき、今春聴(※今
東光)夫妻と21:00まで話す。喧嘩早しと。女好きと。保田に敬服となり。とも
に出て駅まで送られ帰宅。
元々社より200字詰300枚! 城平叔父より退院挨拶。けふ岡本和
子より電話あり、来週日曜でも来ると(布施2234-7)。
10月15日
出勤。NHKうけし連中みな落ちしと。漢文『李太白』で行ふ。長沖氏より1,500受取る。西宮君(※西
宮一民)に竹中郁へ来週来講依頼にゆくことを
たのむ。文2に1泊旅行すすむ。城崎にならんと。西保嬢に『魔女(※佐藤春夫著)』たのむとの手紙もちゆかす。本間淳三郎君来週上京と。
すみて帰れば八木嬢よりハガキ。『東方学9』。
10月16日
9:30出て、まづ「かもめ」へゆき『李太白』2冊買ひ、高野線でナンバ。(事務室できけば石浜夫人いよいよ危篤と)。府体育館の
Volley
Ballの女子大大会にゆく。1回戦府立女子大とやり2−1で勝ち、15:30まで待つ間、小野和子に会ひ、高島屋へゆき『軍政(30)』買ひ、2回戦、
京都女子大に零敗。すぐ帰宅。
けふ前田正男夫人より礼状。隆一氏(※前田隆一)も上京と。千川義雄
より礼状。山下幸雄より礼状。八木嬢よりlist。宮口生、父君と14:00ごろ来り、biscuits一缶呉れしと。
10月17日(日)
雨。終日家居。疋田紀子君より塚本p子君の俳句を『文芸クラブ』へと送り来る。忙しとなり。加藤繁先生を
しのぶ会を11月5日にと。欠席と通知す。
10月18日
晴。14:00ゆくと学校へ電話すれば三苫君より石浜(※石浜純太郎)夫人亡くなられしをきく。小阪の堀
内に寄り『白樺』4冊(40)と桑原『文学入門(50)』買ひ、借りし写真返し、学校へゆく途中、院長に会ひ、修学旅行のこと云へばよしと。
西山夫人来りしと。Tourist bureauにゆきしclass委員にきけば間に合はずと。来週にせよと云ふ。
15:00笠井君来り、石浜夫人のことしらせに来しと。出て全田にゆき敦子より500借る。(西保嬢より『魔女(350)』届き金不足となり
し也)
我、我孫子道より歩きて石浜邸にゆけば取込み中とのことに香奠(1,000)置きて出、帰りて三苫君(※三
苫益子)と話す。不平らし。
夜学前、西山(※西山卯二郎)夫人に電話すれば不得要領。細井と1年生(富士伸鋼勤務)休学を申出で、今一人1部へ[替は]れずばやめるとい
ふがあり。けふ学校へ塩見君より礼状。佐瀬君より写真、高校生よりも写真。家へは大鹿卓氏より『文芸日
本』に龍之介論10〜15枚月末までにと。埜中君より歌集『ピリカーネップ』。
10月19日
登校、宮口生と同車。風邪にて苦し。女子大にゆき『李太白』を高鳥氏(※高鳥賢司)に贈れば旧版買ひし
と。(「かもめ」にて『李太白』6冊のこりしをとる)。『山槐記』見る。(院長と話し、久美子の聴講生よろしからんと)。高校の川口氏より石
浜家へ誘はれしも風邪申立てて断り、名刺托す。帰りて久美子に電話さす。
岩崎昭弥より歌集出せ、援助すと。石浜家より通知。山
川京子主催『桃』6号。けふ松井信子氏より電話、八木嬢にたのみし本なしと。
10月20日
登校10:00。女子大図書館へゆく。(『李太白』1冊寄贈)。帰りてしばらくすれば竹中郁氏来る。わが
この頃の詩、冗長と。子供の詩朗読し、すみて昼食となりしに盗難発
見。20名にて3万円位とられ、最大は住の9,000。母へ詫状かいてやる。外より男1人来をりしと。
西宮君(※西宮一民)と出て鶴橋で下車。departで喫茶。青山君より17:00まで講習あり来られず
と。芳野君よりハガキ。入江知子生(VolleyのCap.)より礼状。石浜家より会葬の礼。けふ疋田、塚本2君へハガキ書く。浅香
group花巻よりゑハガキ。
10月21日
登校、歴史『父と子(※ツルゲーネフ)』のOdintsova(※金持ち未亡人)の話。すみて古典講読、欠席多し。『うたかたの記』すみしあ
と打切る。
泉尾高校の山崎雪子氏より電話、来られるとのことなりしも明日にといふ。出て岡生の家へゆけば、おでんやにて不況にてもあり大叔父本名村松年
博士のあととりとして東京へ転居と。退学願出せといひ、山本事務所。佐瀬(※佐瀬良幸)と話し、山本を一
寸見しのみにて大河原、横山に電話せしが不在。天満橋まで歩きてbusにて帰る。11月2日17:00より東大東洋史学会を
三條河原町西入春豊園にてと案内。東大阪大大高クラブを29日(金)にと。これはことはる。
安村、青山、虎谷の芥川funよりもゑハガキ。太田陽子夫人伊東より。蒲池氏より礼状。和田久徳氏より『島夷雑誌』の抜刷。けふ和田先生に松
茸送りしと。
10月22日
登校、1年漢文教へて帰れば山崎雪子氏と堀内民一氏と待ちをり、折しも来しは児玉(仙野)美須夫とて今中
の同期、26年ぶりなり。長沖氏に講演たのみに来しと。青山氏よりも電話ありしと。『海に近く』の批評かくこととし、菓子もらひ、昼食ぬきに
して歴史やり、帰りて飯くひ、何もせずゐる中、class委員たち集り、服飾の吉崎雅子といふハッサイ(※おてんば)来る。
16:00前、白井(※白井三郎)へゆき近藤芳美氏の日程きかんとせ
しに不在。学校へ帰りて白井に電話しゐる中、文2の旅行Tourist
bureauで不成立と。山本信江、野村朝子2生と天王寺駅のbureauへゆき我、交渉して大体出来ることとなりし模様。18:00前帰宅すれば青
山喜惣治君待ちをり、大体心静かになりしと。鍵谷生(※鍵谷洋子)より吉野書房で
働くと。うれし。鳴田勝来寮。大塚、明後日の自治会役員会に出てくれと。けふ角川よりHeine再版印税
21,000−3,150=17,850。三井銀行布施支店への小切手で来る。
10月23日
登校まへ会社へ寄りsalary。補助、慰労会手当の書類出す。学校へ山田克子来合はせ、転任したしと。修学旅行にゆきし安村ら煙草入れ、浅
香ら九谷焼の湯呑呉る。
出て浅香山、肥下に会へば全田叔母に金借りたしと。看護婦品行悪しと。全田へ引返し13:30昼食。渡(※渡敦子)左遷なりし故、運動たのむ
と。
けふ万年筆なくせしらし。留守に学校より電話あり、井上源一郎君松茸もち来しと。処分たのむと三苫君(※三
苫益子)に悠紀子云ひしと。我にも学校で三井銀行より電話ありし。秋季慰労500づつもらふ。
10月24日(日)
9:00起き11:15家を出、小阪までbus。あわてて鶴橋へゆき西宮君(※西宮一民)に会ふ。乗越し
て宇治山田行つかまへしも誰ものりあはせず、八木へ着けば疋田嬢のみ見付かり、ややして下りにて桜井の聖林寺見
て来し鍛治姉妹、野崎、山荘、椿下、和島の6嬢来り、この9人にて遊覧busにより飛鳥めぐり。同車に老夫婦1組ありしのみ。
橿原考古館前でbus下り、小島氏の話きき17:00八木を出て上六まで出、6嬢と夕食をともにしてのち天地書房にて和田英松『国史国文之研
究(150)』買ひて帰宅。
守屋君より1日に池内先生(※池内宏)のお墓参りせんと。夜、丸へ手紙かく。
10月25日
雨。今川に電話かけんとせしもかからず。(あとにてきけばけふ城平叔父入院と)。白井に電話して近藤芳美氏
に会へずと知り、山下、辻呼びて叱り、鳴田勝のハガキ見て、守屋君にゆきしも不在。13:00会社。忘れ
し万年筆とり17,200預りて出、学校にて漢文の教科書作り、16:30井上、平田(料理学校長と)2氏の土曜置きゆきし茸籠開き、小使の
小父さんに与へ、白井家へもちゆく。夜学つまらず。
10月26日
辻賄人、有給休暇の序でに帰郷願ひ出しゆゑ叱りしに不満らし。久美子に電話して明日学校へ来よといふ。11:00出てアベノ橋で
Eckermannの『(※ゲーテとの)対話』探せしに2軒にて3冊そろふ(210)。『宗祇(60)』も買ひて登校、守本主事にきけば旅費
は学生より、手当は学校よりと。久美子の聴講は良しと。国文学史すませて旅行にみなゆけと云へば東生、父に云ってくれと。院長16:00まで
待ちて3人の付添料いへば2人分は出さん、手当は3人分出すと。土曜の休みも宜しと。服飾研究室でお茶よばれ、吉崎生の電話きけば『李太白』
ぬすみゆきしと。
出て本間家。11月4〜6日に一回ゆきて終ることとす。出て寺田町下車、busにて東家へゆけばLungeやりしゆゑと。あやまりて塘のこと
云へばいまから会ふと。母子に送られてbus。寺田町にてうどん食ひて帰る。『corbeau詩集4』。岩崎より歌集岐阜
(※平光善久)で印刷すと。佐々木君より青龍展見に来よと。
10月27日
辻呼びて叱り、康平叔父に相談すれば知らずと。出て登校、「蘇東坡」写して疲る。院長、土曜の休みを和歌山の子だけと思ひしと。住康子にと
1,500わたし、college-hourに久美子来しゆゑ守本氏待ちてたのみ、かへして15:00教授会1時間。すみて1,000づつの
手当と1人分の旅費1,350もらひ、近鉄で散髪して警察病院。城平叔父元気なし。(※辻賄人の)有給休
暇は再考せよと。出て帰宅。
辻、友人をつれ来しゆゑ手伝ひたのむ。眞野君より礼状。和田先生より礼状の代筆。けふゆきの電車で守屋(※守屋美都雄)
夫婦と夫人の夫君の天理にゆくに会ひし。
10月28日
6:00起き8:05梅田へゆけば学生見付からず。『アポリネール詩集』買ひて8:30集合場所へゆけば2人(小西、小林)をのぞきて集りを
り入場。9:50発「いづも」号にて豊岡のりかへ橋立着。対橋楼とい
ふに入る。別巻風呂に入り3:30までみな眠らず。われは不眠。(山本陽子3人のまねをし笑はさる)
「この間、修学旅行に天橋立にゆき、一泊し た宿の隠し芸で、一等かしこい演劇志望の子が「物マネをします」といって、何をやるかと思ったら、付添いの長沖一氏をはじめ、先生の クセをたくみにまね、私のところになると「君たちはなんにも知らないね」といって、眼鏡の上からジロリとにらみ、そ れが満場の大喝采を博した。
10月29日
9:00、lunchにて対岸へゆきcable-carにて展望台。写真多くとらる。体悪き西浦生とまたlunchにて帰り、力身生の叔母と
といふに会ひ、昼食後、生するめ、黄味かまぼこもらひ、よべの酒代長沖氏に払ってもらひ、13:30乗車。西舞鶴、綾部廻りで帰
阪。(由良に山椒大夫のあとといふを土地の男にきかしてもらふ)。西浦生を長沖氏に托し、19:00帰宅。
手伝の女来しゆゑ会って明日午后たのみ早ね。太田陽子より詩。今中田中浅次郎書記の功労金101,000づつと。西保嬢、橋本勉よりハガキ。
森三樹三郎より礼状。新潮社より『堀辰雄全集月報4』。宮城学院女子大の石井昌光氏より『詩集
谺』と手紙。佐藤竹介と同級、我に詩見せて悪口いはれしと。増田春恵
の弟大阪に就職せしと来り、朝鮮飴くれしと。
10月30日
筑摩、土井編集局長(※土井一正)に『李白』の問合せ、ほか5枚ハガキかきしのみ。久美子より電話あり、
守本、院長、高岡3先生のところ報せと。明後日にせよといふ。きのふ手伝ひ頼みし婦人、差し支へありとことはりに来る。増田(※増
田正元)の弟来り、仲仕の如き仕事ささると。
10月31日(日)
また久美子より電話、けふゆくとのことに院長、守本、高岡3先生のところ教ふ。2部卒業生より5日(金)17:30浪[華]荘にて会食と。東
京創元社知念栄喜より挨拶状。夜、「蘇東坡」写し終る、80枚。

昭和29年11月1日〜昭和29年12月 31日
25.0cm×17.8cm 横掛ノートに横書き 本冊画像PDF

11月1日
登校、10:30、久美子と同車。1,000払ひて月謝すみしと。「蘇東坡」わたし、採点と漢文printしをれば湖東博士(※
湖東栄次郎)より電話、14:00近鉄のりばにて会ふこととし、京都より通ふ1年坂本生探せしに13:00すぎ来る。
出て交叉点で下車、誠進書房見しに角川全集の『昭和詩集(280)』あり。買ひて湖東に会へば義弟に嫁世話せ
よと。別れて大福寺へ14:45に着けば誰もゐず。15:00すぎ守屋、平中(※平中苓次)夫妻、潮田、
樋渡の諸氏来り、羽田夫妻も来るとのことに待ちて(※池内宏の)回向。
花すでに供へありしは誰のしわざならん。16:30別れて帰校。1年教へ2年叱りて帰宅。
(丸(※丸三郎)より手紙。公式でなき見[合]ひしたしとのことに、疋田家へ電話すれば父君帰宅しをら
れ、池田の直属上役と。池田にすべて相談せよといふ)。山本夏津子来り、最中一箱呉れし。帰れば千草より手紙。丸山照代よりのハガキ同封。麓
氏(※麓保孝)は吾をしりをり。一度千草と行かんと云はれしも着物なく困る故、我に上京して訪ねよと也。
けふ羽田にきけば今西春秋氏、石浜先生(※石浜純太郎)に代りて天理大へゆくと、めでたし。
11月2日
登校まへ父に電話して千草の手紙のこと云へば、陽生、千草より父にも信(※手紙)来あり見すると。
11:30登校、やがて硲君来り、けふの東洋史会に上洛せずと。色々話せしもきかず。国文学史1時間やりて出、省線にのらんとせしも、丁度東
京行ありしゆゑのりて16:00京都着。
吉野書房に月半よりつとめし鍵谷生(※鍵谷洋子)見にゆけば長
尾良も勤めをり。奥西保君帰りをる。前田社長(※前田隆一)7
日ごろまた上京とのことに伝言托し、角田文衛氏『古代北方文化の研究』もらひ『祖国』10月号もらひ鍵谷生と歩きて河原町三條。「春豊園」に
つけば旗田巍、鈴木俊、日野開三郎、護雅夫、藤野彪、青木富太郎らの客あり。中山八郎氏
も来あり(※東大東洋史学会)。
20:30先に席立ちて京阪書房へより、『朝鮮語辞典』の1,300払ひ、『近代劇大系』『明治大正昭和文学全集』を註文し、末永『埴輪』、
Giles『漢言無師自明』貰ひて帰宅。
陽生の手紙見れば先方に話したと。千草のはhysterieなり。百済璋子生より「おなつかし」との便り。
11月3日
10:00家を出て大江。ゆく途で清水生に会ふ。叔母に会へば小野のことならで、わが就職(※上京計画)につき反対を口実に千草のぐち来し
也。話せばあとで聞こえては悪きゆゑ城平叔父に云へと。関目叔母来り、出て駅で昌三夫人に会ふ。2科展へゆくと也。地下鉄で梅田『芥川竜之介
集(280)』、小阪へゆき中西にことづけ物わたし、堀内で清水盛光『家族(200)』、White『Patriarchs &
Prophets(70)』。けふハリス『日本滞在記 下』買ふ。
11月4日
登校、石浜先生(※石浜純太郎)に会ひ(※亡夫人へ)弔意を表す。長沖氏に会へば明日、小野氏(※小
野勇)より石浜先生賞金祝に500づつ集めに来らると。12:30出て市電にて警察病院、城平叔父に
相談すれば、昌三叔父の礼を引き弱く反対す。父に電話し千草のこと云へば昨日手紙出せしと。天満橋へ出、京阪四條れんこんやより電話して山前
君(※山前実治)に『骨』のこときけば、荒木、佐々木2君の作、未着と。多喜さん(※井
上多喜三郎)も来をり。
人文科学研究所へゆき、榎一雄の講演きく。瑣末な考証と思ひしもあとにて桑田博士(※桑
田六郎)は感心されし也。三笠宮、中山正善ら
をはじめ100名近き晩餐会(※東方文化研究所25周年)。石田(※石田幹之助)、
岩井(※岩井大慧)、吉川幸次郎氏に挨拶し、羽田(※羽
田明)、桑田、駒井義明氏らと同tableにて寒々とすし食ひ、桑田博士と帰阪
す。
筑摩書房より『エリオット』来り、土井一正氏より(※『李白』)印刷
中と。坪井(※坪井明)よりclass会開けと
11月5日
登校(文芸日本の大鹿卓氏にことわりのハガキす)、石浜先生の祝賀に500づつ出すとて庄野英二と小野氏
(※小野勇)と相談。午后の時間早目に切上げ、津熊照子に電話すれば
来て宜しと。ゆきて母君と話し写真もらひしが姉(28才)より先はいやと。送らして北畠。『李太白』1冊買ひ東天下茶屋へゆき本間家へゆきし
もジュン三郎君帰らず。出て『Heine』1冊買ひ『新中国事典』買ひし上六。天地書房で大学『砂の枕・人間の歌(120)』、信綱『歌謡の
研究(60)』買ひ、学校へと『字源』その他たのみ、浪華荘へゆけば17:00。
日東小学校古川の名の室となりをり、待ちて6時、二部今年度卒業生の会、
すき焼にて石塚、岩井、樫本、柏原、木村、沢田、四方、篠田、瀧本、谷川、近木、西岡、向井、横田と15人集り盛会。21:00仰げば尊し歌
ひて散会。たばこセットもらふ。
堀内民一より帝塚山へきたしと。芳野清より詩(不足税20)。荒
木利夫より自信作出来ずと。碌な事なし。(木村に今氏(※今東光)へと『李太白』托し、谷川に写真の礼と
『Heine』与ふ)。
11月6日
10:00家を出て鶴橋桜川より津守の大阪書籍。前田社長(※前田隆一)に会へば上京とりやめしと。麓氏
には手紙出しおかんと。すぐ編集に1人必要と。森部長、高階編集部次長と話し、午食よばれ、坪井(※坪井明)
に柳井君(※柳井三千比呂[道弘])を電話で紹介し、ともに出て千日前。野崎に会ひ島本嬢に電話し中川嬢
とも話し、天牛南店にて『婦人の解放(60)』買ひ、戎橋までゆき出雲屋で「まむし」。
本間家へ電話すればジュン三郎君不在。火曜までゆけずと云ひ市電。下味原で『兎園小説(50)』『婦人社会衛生学(50)』買ひして
22:00依子、修学旅行より帰り来る。
11月7日(日)
家居。橋本貫一より「電話48-3872」と。「蘇東坡」を清書す。夜、浅香克江に電話してきけば明日法隆寺へゆくと。夜、「蘇東坡」終る。
200×40。
11月8日
8:30家を出、9:15学校につく。天王寺でしらべしにbus11:00、汽車10:30ゆゑ浅香一派に云ひ、待つこととし、島本に電話す
れば不在。母上に明日来させよと云ひ、湖東に電話すれば廻診中と。
10:00出て関西線。11:00すぎ法隆寺駅下車、すぐbusにのり法隆寺見学。同行は浅香、赤穂、奥
中、榎本?の4人なり。80円にて夢殿まで見て14:00昼食。14:40のbusにて王寺、15:40の汽車にて天王寺。李徳全女史歓迎に
雑踏する上町を帰校すれば、湖東(※湖東栄次郎)より天王寺まで出て来よと。ゆきてMokaにて
coffeeおごられ、津熊照子の写真わたす。1ヶ月ほど猶予せよと。
帰りて夕食、2時間授業すれば西川、岩井の2生。西川と玉造まで同車。齋藤晌先生よりハガキ。馮至の『杜
甫伝』の訳、元々社より出ると。
けふ本間君より電話。木曜、学校へ来ると。(水曜ともに正倉院へゆくことを岩橋女史と約せし)(橋立の写真、中井妙子と力身(※力身好子)と
くれし)。(けさ岩崎(※岩崎昭弥)に14日2〜4時京都で会はんとハガキし、祖国社へ「蘇東坡」鍛治君
に送らせし)。
11月9日
家を出てゆけば島本生すでに待つ。大阪書籍の高階氏に履歴書もちゆかせ、天地書房より来し藤田『近代歌謡集(450)』doubleをりとて
引取る。研究室寒く、国文学史の採点す。湖東より電話、津熊照子の生年月日問はれて答ふ。明日教授会ある
らしきも奈良博物館へゆくと云へば守本主事「よし」と。9:15:00出て住高。硲君(※硲晃)に『埴
輪』進呈。(けさ浪大の佐中壮教授に会ひ、小野勝年君へ紹介状かく)。
帰れば伊東静雄詩碑除幕式23日と。依田(※依田義賢)以下10氏の
案内状もあり、夜、宛名かく。本田晴光氏よりハガキ。細井悦子より採点送れと。
11月10日
9:30登校、『ハルハ五部』写し、11:00石浜先生に会ふ。今西春秋を天理大に推薦のことはかくさる。college
hourに「なにわ賞」の祝賀、すみて「町人文化の話」、すみて研究室に帰れば本間淳三郎君来りて礼置きゆきあり。
岩橋(旧奥村)女史と出て斎場前よりtaxi(130)。奈良着14:00、博物館の正倉院展見る。天理
図書館も参観とて西村、富永、木村の3人見し故、館内さがし廻りしも他を見ず。岩橋氏と「湖月」までゆき、しるこ食ひ、小野勝年君に電話すれ
ば来よと。行きて水野清一氏を待つと云ふに後刻約し、また下りて野崎家へゆき、この間の前田正男氏への礼
云へば防衛大学とは云はざりしらし。
出て18:20の法華寺行busにのり東町で降りtobacco屋さんできけば、そこにて、夫人と2男あり。夫人「やせられましたね」と。除
隊直後会ひしのみなり。肉200匁もちゆきしを食べ、19:30のbusにてまた油阪。21:00帰宅。塚山勇三氏
より天龍林業高校に就職と。
11月11日
家を出しもよべ睡眠不足でつらし。「西保嬢(※西保恵以子)、12月19日挙式」
と。楠戸生(※楠戸規美子)云ひ来る「来週木曜に来校」と。石浜先生(※石浜純太郎)にUigur文書の
ありかを伺ふ。鞄の破損直しにアベノ交叉で下車、1時間かかる。その間に天海堂で『文学アルバム鴎外(160)』『古今奇観(150)』買
ふ。
帰ってひるね10分。元々社より「かもめ書店」の送金受取りしと。大鹿卓氏より芥川研究1ヶ月のびし故、
11月末まででよしと。短歌新聞の石黒清介氏より前川邸での写真。辻賄人に故郷より電報来りし故、帰ると。平凡社より
4,608−691=3,917来る。
11月12日
朝食後、ちょっと寝て10:30家を出、11:30登校、小野和子より再々電話ありしと。楠戸、伝田2生より西保君からの伝言あり。昼食時、小
野勇氏に500円、石浜先生(※石浜純太郎)のお礼として渡す。15:30帰宅、疋
田角治氏よりも丸(※丸三郎)に会ひしと。岩崎昭弥よ
り14日14:00祖国社でと。辻より電報、日曜夜帰り来ると。
11月13日
家居、角川より『昭和詩集』の印税変りしと。増田(※増田正元)の弟来り、兄来る、重労働にて耐へられずと。今西氏に云ひしもとり上げられざ
りしと。
11月14日(日)
11:00家を出、坪井を訪ひ杉浦美智子氏の府教委試験につききく。京都府立女専出と云ひしが母よりきけ
ば東山女専門なり。
省線にて京都、吉野書房にゆけば14:00岩崎(※岩崎昭弥)待ちをり、歩きて原稿作成面倒ゆゑ歌
集むりならんと云ひ、支那そばと柿くはされ、御所まで歩きて別る。羽田(※羽田明)
にゆけば学生多くをり。Uigur文献の報告す。『東方学』の方は編集会議ののちと。バカらし。
出て母に会ひ杉本氏のことと防衛大学に関し千草のこと云ふ。その中に借金子らに分けるとのこと也。出て京都駅へゆき、歩きて三條。
11月15日
10:00出て川端の古本屋にて杢太郎『支那伝説集(100)』『山西学術探険記(30)』『法隆寺の壁画(90)』。
山前(※山前実治)の事務所にゆけば原稿やっとそろひしと。ともに出てcoffeeおごられ、別れて彙文
堂、『中国文学報』の代払ひ、ケ廣銘『王安石(60)』『湖南著述目録(80)』買ひ、鈴木豹軒『白楽天訳解』、東條『方言学』外1冊を学校
へ送らせ、寺町を下り、京阪書房にて『島の人生(70)』『大塩平八郎(60)』。とりわけ後者探しあててうれし。
14:30帰宅、16:30出て天王寺よりbusにて小野和子訪ねしに不在。わが祝ひつきしと。学校にて丸(※丸三郎)
の手紙見る。この間、疋田父君に会ひしと。写真よきの送れと。授業すみて中野トシ子来をり、ともに出て喫茶。打明け話といふをきく。けふ西保
嬢よりのハガキ見る、「12月19日の式に出よ」となり。昨日守屋君(※守屋美都雄)来り、東大東洋史名
簿おきゆきしと。
11月16日
11:00今東光氏より『李太白』の受取もらひ、昼食してのちゆく。千場生(※千場和子)、父母にかくれ
てarbeitしてゐると。山本信江へ便りありし。国文学史の2時間目お説教し、来りし小野和子にきけば
式近きを喜ぶと。祝ひありがたしと。西山博士(※西山卯二郎)夫人来り、神経衰弱なりしと。津熊照子母子
来り、姉和子嬢の写真おきゆく。昭和2年生れで身長5尺3寸と。小野と出て藤井寺。叔母にきけば祝に
1,000立替へくれしと。夕食たべ、帰り来し叔父に挨拶して帰る。夜、吐く。
11月17日
パン食ひて登校、伝田、宮口、三村3生(※伝田雅子、宮口時喜子、三村寿恵子?)と天王寺でのりあはせ、
ゆく中、また吐気もよほし、北畠で下車。疋田家に寄って姉君に写真のこと云ひ、疋田生に送られて出、学校へゆき、college hourの中
村祐吉氏の話きかず。陪食命じられ、ゆきしも食はず(けふより『楊貴妃[とクレオパトラ]』に手入れはじむ)。
14:00より高校との連絡会。岡田剛、長沢洋平の2先生(※今宮中学恩師)
の外、住高の浜中君来る。小野和子来りて手伝ふ。17:00すみて帰宅。平凡社の『世界大百科事典』より
amursana (※アムルサナー:阿睦爾撒納) 200〜400字、11月末日迄にと。
11月18日
登校、歴史の時間説教す。この頃休む者多くarbeitしゐると。森鴎外すみて西保嬢より電話、楠戸生(※楠戸規美子)basket-
ballの試合にゆきゐるに連絡させ、14:30不二家で会ふこととす。(けふ中村祐吉氏の授業のぞき見しに2人のみ聴講、守本、楳垣2氏に
云ふ)。千場、小西、小林3生ともに来らず。
14:00出て不二家にゆきbasketの4生に会ひ、伝田生(※伝田雅子)におごらせ、やがて来し西保君(※西保恵以子)
と4人にてまた喫茶。荒木利夫にゆきcoffeeおごらせ19日に和歌山商工会議所での(※西保恵以子・
梅田善彦結婚)披露にゆくこととす。(小野和子、児玉君と歩くに会ふ)。
別れて天牛南店へゆき『奈良県古墳墓表(80)』買ひ(野崎君に会ひこの間の礼云ふ)、帰宅。本間淳三郎よりハガキ、「試験に失敗せし」と。
11月19日
雨。登校すれば千場(※千場和子)をり、4,000とられてArbeitにゆきしも金出来ずと泣く。早く告げざりしを叱り、米沢妹(※米沢昭
子)のArbeitにゆきしを叱り、楳垣氏に斡旋を相談してくれと云ひ、四方生(※四方
綾)の電話きけば守本氏(※守本文生)「院長、彼女を小学校に
とらんといふ」と。
14:30来りし湖東(※湖東栄次郎)、「在京の弟に津熊照子の写真
きに入りしも姉(※津熊和子)のことあり。気の毒と」。ともに出て津熊家。17:30帰り来し父君に会へ
ば「妹には院長の令息よりも話ありしがまづ姉(※米沢幸子)」と。城平叔父とは知合と。
出て私立医大3年の兄君と照子に送られて沢田四郎作博士訪ひ『異国より帰りて』と『石川道雄詩集』とをも
らふ。やがて山本信江来り、千場生(※千場和子)泣きしと。出て玉出
より天下茶屋をへて帰宅。山前より21日校正も間に合はざる故とりやめと。けふ万年筆をなくす。
11月20日
府立体育館へゆきbasket-ballの応援す。神戸薬大とやって28−23で負け、楠戸、中島、十時出場、久保田補欠にあり。不良学生の
応援来りて不快。
すみて学校へゆき万年筆さがせしもなし。千場生(※千場和子)を訓誡し12:00南三国ヶ丘の北野雅子宅
にゆきしに、母、祖母出で、湖東の件話せば(※見合)写真わたさる。出て三国丘中学。齋藤先生に会ひ図書室見せてもらふ。はるみ君この頃遅刻
せぬ様になりしと。高野敏子と出る。母癌にて市立病院に入院と。アベノ橋までbus、別れて湖東(※湖東栄次郎)に
ゆけば夫人出、北野の写真わたし、津熊の写真とりかへし、近所の小西
啓子にゆけば扁桃腺炎と。今川に寄り久美子と話し、千川に寄れば1日より中西の病院に入院と。(北田辺の古本屋で『菟玖波集 上(35)』
『現代支那文学傑作集(25)』)。
帰宅すれば千草より「どうするか」と。蒲池氏(※蒲池欽一)より「伊東の建碑式に
20日の雲仙号でゆく、同行せめや」と。
11月21日(日)
家居。『楊貴妃(※楊貴妃とクレオパトラの元々社版)』の訂正す。夜、湖東より電話。
11月22日
『楊貴妃』の訂正をすまし、元々社、蒲池、丸、丸山照代、疋田父君などに手紙とハガキかき、宮本正都よりのハガキと太田陽子の上野へ帰りしハ
ガキ見、角川より15,138−2,270=12,868受取りて、悠紀子に7,000わたし、12:00出て会社へゆき、父より
10,000預けられ、出て日本劇場で「二十四の瞳」見、16:00出て学校へゆけば、四方生(※四方綾)
待ちをり、学院小学部(※就職)きまりしと。
いろいろ話す。万年筆出て来しと。夜学、2年生の正高呼びて叱る中、30分おくれ、1年すませばすぐ2年。松尾さよ子といふ29才の三共製薬
の事務員と出て「No.1」でしるこ食はせ、古本屋にて『民間信仰(200)』『古典解釈のための日本文法(100)』『ロシアの民謡
(130)』買ひて帰宅。省線にて佐中壮氏とまた同車。正倉院展ゆかざりしと。
11月23日
勤労感謝の日と。旧新嘗祭なり。「いもの話」写す。石川道雄氏にハガキ。石浜先生(※石
浜純太郎)より忌明けの挨拶。
11月24日
9:30出て徳庵郵便局にて蒲池君へ「オタチヨリコウ(※お立ち寄り請う)」と電報打つ(160)。
近鉄で散髪、departで『昭和詩集』と『物語の女性』買ひ登校。織田優子を富士紡績に紹介することとし、14:00来る湖東(※
湖東栄次郎)まちゐる中、早く来りて、写真義弟の気に入りしと電話ありしと。児玉君より電話「明日祝辞たのむ」と。
出て堺東。国道筋の洋品店にゆき北野雅子の父母に履歴書、親類書わたし、親類書もらふ。南横山村父鬼の出
と。
学校へ帰りて湖東に電話し、ゆきて夫人とに親類書わたす。柿もらひて警察病院に沢田愛子訪ねしも不在。
『中国現代史』『コクトオ詩集』買ひて帰宅。(けふ山本信江に『近畿民俗』の200托せし)。
小野和子より我孫子の家の地図。(靴直しに240)。坪井(※坪井明)より「class会12月4日
(土)17:00より浪華荘で」と。
11月25日
8:30までに学校へゆき45人にて大原へ(長沖氏来られず)。11:30つき昼食後、三中院と寂光院。雨上る。東山通に出、四條でわれのみ
降り京阪にのりかへ天満橋よりナンバ。靴みがき松坂屋、しるこ食ひてゆく。17:30より仏式にて結婚式(※児玉円城・小野
和子 写真切貼あり)。披露宴で祝辞いひ、帰宅する新郎と握手。大江叔父叔母とtaxiにてアベノ橋。21:00帰
宅。中野嘉一氏よりハガキ、蒲池氏と友と。

11月26日
登校、宮口生東京へcorusにゆくといふに止めれば「先生わからずや也」と。元々社より受取と原稿用紙送ったと。放課後、研究年報の校正す
ます。石浜祐次郎君来る。建(※弟)と同級と。大阪書籍に電話して森
部長に「会ひたし」と云ひ、ゆけば少し待たされ、柳井三千比呂と3人にてtaxiにて上六。「うを佐」と
云ふにつれゆかれ、坪井(※坪井明)の(※保田與重郎への大高class会)伝言いふ。鳥本は代りとなる
女子止めざるゆゑ駄目と。20:00出て柳井と喫茶。(天地書房にて『万葉集』2冊150)。beerのませて帰宅。
宮口電話かけ来しといふに、かけ返せば不在。原稿用紙つきをり。けふ柳井にきけば「萩原さん(※萩原朔太郎)の葬儀に見し
(※代理弔問の)悠紀子この世ならず美しかりし」と。
11月27日
家居。朝、宮口生より電話あり「corusにやはりゆく」と。大鹿卓氏より「芥川論送れ」と。昼より雨。
「殉死」写しおはる42枚。
11月28日(日)
10:30出て島本家にゆく。父母君のみあり、縁談出来たが云々と。わびて出、十合へゆけば昌三叔父に会ふ。杉浦実君
と堺脳病院の宮本doctor夫妻とあり。食堂にゆき吾はcoffeeのまされ、別れて前川氏(※前川佐美雄)
に会ひ、人事の小出氏に紹介さる。一昨日試験すみしと。今夕20:30児玉夫妻着くと電報来あり。出て古本部で注文し梅田、天満にゆき
(Svarで『芭蕉俳句集(40)』買ひ)蓮田善明『花のひもとき(10)』買ひて帰る。伝田生より礼状。羽田(※羽田明)より「年内に原稿
送ればよからん。ただし遺(※のこり)は東京」と。浜谷と成尾「来週水曜来る」と。
11月29日
〒なし。12:00出て梅田。Svarできのふ見付けし『珊瑚集(400)』西保君にと買ひ、下で『海女記(60)』と『急就篇3冊
(120)』。地下鉄にて学校、芭蕉句抄(※ガリ版)をきり、『クレオパトラ』の書き直しす。柳井君(※柳井三千比呂[道
弘])よりGoetheにつき問合せ、しらずと答ふ。
伊東夫人17:00来訪、詩碑の写真みせらる。蒲池氏(※蒲池欽一)わ
がハガキ見(※詩碑除幕式に)来る筈と(※思ったと)。伊万里焼の花瓶とおこし1箱とをたまはる。
夜間の卒業生多く来る。(瀧本、西川、岩井ら)。西川、岩井と雲呑たべて帰宅。(けふ久美子来り、今川夫人の喀血と。この間しるこおごりし松
尾とし子(※松尾さよ子?)、薬2瓶呉る)。
11月30日
坪井(※坪井明)より史の預りし手紙、朝見れば5日([土])17:00「朝日」でと。出て11:00学
校。きのふよりstove入り快し。旅費800受取る。伝田生よびて西保嬢に『珊瑚集』と手紙托す。きのふインク入れおきゆきしは誰ならん。
宮口、東京より帰りしとて5日(日)のcorus会の切符おきゆく。八尋生(U部2年)より退学届出しとて一度家庭へゆきみんと云ふ。
16:00市立美術館へ藤井、樋渡2氏(※藤井源一、不詳)を訪ねしに会議中とて会へず。石原書店に寄り
『東洋の歴史(50)』『近思録(20)』を買ひ、学校へと『大鏡詳解(100)』買ふ。小野和子の伊東よりのゑはがき。(けふ学校にて『楊
貴妃とクレオパトラ』のこり少くなり詩2篇写さす。)21:00蒲池氏より「一ヒアサアソゴ(※阿蘇号)ニテツク」と大牟田駅19:45発の
電報。夜、1:00までかかりて「龍之介論」11枚!!
12月1日
9:00家を出、梅田にゆき、しばし待てば阿蘇号つき、蒲池氏(※蒲池欽一)と喫茶。元気にて1泊とのこ
とに学校へ案内し、大阪書籍に電話すれば柳井君(※柳井三千比呂[道弘])写真師三村幸一氏と13:30
来ると。浜谷、成尾2生来りて話し、湖東に電話して明日来よと云ひ、古田生に今夜の(※蒲池氏の)宿たのみ、伊東未亡人に
電話し、13:30、4人にて出、天王寺よりtaxiにて毛馬(480)、小さきみすぼらしき蕪村の碑写し、長柄橋へ出て梅田までbus。地
下鉄にて本町2丁目、花屋跡(※花屋仁左衛門屋敷)にて写真とってもらひ、四つ橋へゆき来山、鬼貫(※小西来山、上島鬼貫)の碑を見、文楽前
で喫茶。蒲池氏とまたナンバ、高野線、初芝にゆき伊東家で夕食ふるまはれ20:00阪急Hotelにつき
部屋に案内して帰宅。
横山薫二よりclass会のことはり。けふきけば成尾禧紗子はアイワ幼稚園長夫妻の姪と。

12月2日
よべおそくまでねられず。「芥川論」よみ返し2行付け加へてすます。坪井に手紙かき史に
もちゆかせ、我は芥川もちてアベノに出、速達す。10:00ごろ蒲池氏来り、阪急Hotel宿賃とらざりしと(古田生、歴史の時間欠席せしゆ
ゑわからず)。小野十三郎君の12:00すぎ来るを云ひ、またす。湖東君より電話、13:30来ると。小野君と蒲池氏引あはせ話すみて
13:30送り出せば、湖東(※湖東栄次郎)来り、田中氏(※田中順二郎)の
写真わたし「12日見合に来るがよしか」と。「北野家にきく」と云ふ。この間、堺の店と家と見にゆきし様
子なり。14:30堺東にゆく。(住吉区役所の中川庶務課長俊雄に電話して冬期Arbeitたのめば「一応履歴書よこせ」と)。店へゆけば父
君「母君に云へ」と。家にゆき12日のこと云へばよろしと。くたくたになりて帰宅。
(けふ鍛治君(※鍛治初江)の清書すみ、明日送らん)。湖東に電話し阪急別館にて昼食せんと云へば任した
と。(帰途、瀧本生に会ひ案内されて八尋生訪ねしも「戻らず」と)。夜、『楊貴妃とクレオパトラ』588枚を包ます。けふ『東洋史研究13の
4』来る。70円也。
12月3日
『楊貴妃とクレオパトラ』(※元々社へ)速達小包にし(120)、10:00登校の途、帝塚山書店に寄り『東南アジヤ文化圏史(100)』
『ニューギニア(100)』『日本神話の研究(70)』『和蘭の東印度経路概史(50)』『宝庫スマトラの全貌(50)』『東洋の古代芸術
(30)』と買ひてゆく。(けふ3,000悠紀子に借りし也)。漢文すませ小林生より写真2枚もらひ、阪急Hotelの(※蒲池欽一宿泊)請
求書1,100と云ふをもらひて古田生に礼云ひて払ひ、やがて来し北野雅子より書類受取り、今東光氏の伝
言を木村静子より電話できき、山本治雄に明日北区長へ紹介たのむ電話し、姫松より歩きてvolley-
ballの応援にゆく。寒く、1試合またされ相愛とやって2−1で勝つを見て決勝見ずに今川まで歩き、久美子にきけば「肺、大したことなく盲
腸の癒着手術をせんか」と。湖東(※湖東栄次郎)にゆきてきけば東京へ問合せてのちと。帰宅。
守屋君より池内先生忌の写真。保田より大阪書籍に出勤のためclass会出られずと。川畑勝蔵より先約あ
り出られずと。
12月4日
10:00家を出、山本事務所にゆけば会議中。佐瀬(※佐瀬良幸)と話して待ち、来し山本と一寸会ひ、ま
た区役所にゆき藤本区長にArbeitたのみ、佐瀬に津熊家のこと云へば(※見合について)断らず。来合せし薮本君よりそろばん、簿記出来る
子をとたのまれ、本庄先生(※本庄実)に会へば今夜のclass会に山本に誘はれしと。梅本、大河原、藤
田(※藤田久一)、白井、肥下、俣野に電話し、出欠きき、佐瀬とrice
curry食ひてのち、角川の『ルーヴル博物館』買ひて千川(※千川義雄)見舞にゆく。高見町の別館と云
ふを暁明館できく(中西不在)。ゆけば下痢なほりしと。すぐ出て千鳥橋まで歩き、桜橋の古本屋にて小高根二郎『はぐれたる春の日の歌
(180)』買ひ、(新道で堀内民一に会ひ(※class会欠席するといふ)保田の悪口云ひ、夜学ことはって別れて)「朝日」にゆき、人数も
なにも連絡なしと云ふおかみに[次]郎(※の本)やり、17:30より(※大高同窓会)開会。
本庄先生、山本、俣野、後藤、白井、川崎、井上摻、坪井(※山本治雄、俣野博夫、後藤孝夫、白井三郎、川崎菅雄、井上摻、坪
井明)と我とに文甲・沢井、田中(前田)政雄、江馬、坂井(※沢井孝子郎、田中政雄、江馬春夫、坂井
正夫)にて17,000余を山本払ひしらし。(けふきけばこのごろ200万円入りらしと)。出て大阪駅まで歩くみち、
旭屋にて「宮津」「大原」(※地図)買ふ。(けふ愛和幼稚園に成尾(※成尾健蓮)[園]長に会ひにゆきし
も不在なりし)。
12月5日(日)
京の演芸会8:30よりとて悠紀子早く出てゆく。津熊家に電話し14:00ゆくこととし、〒に西保嬢より
「長沖、小野(※長沖一、小野十三郎)2先生の御恩に報いるため!呼ぶはいかに」と。小
野和子より「大江叔母へ我への恩返し相談せしに怒らんとて止められし」と。大手前のPTA有志より300づつ出せと。
13:00出て姫松下車。八尋生尋ねしに下宿全家留守、津熊家にては父母本人(和子嬢(※津
熊和子))みなまんざらではなき様子。出て山本信江訪ひしに山本陽子の踊り見にゆきしと。父母と話せば京城大学出し
と。話合ひて18:30、信江帰るまで語り、叱りて出、天下茶屋のりかへで伊東花子氏に会ふ。桑
原武夫氏へ礼にゆきし帰りと。
天王寺より市電にて勝山通三[丁目]にて下車。鳥本生に会ひ就職云へば「そろばん出来ず」と。桃谷駅前で『ランボオ詩集』と『奥の細道』買ひ
て帰宅すれば角川よりHeine3版3,000の印紙来をり。
12月6日
朝、採点し12:00出て十合へ京、悠紀子とゆく。マフラー買ひ(500)屋上にゆき、児玉君(※児玉円城)
に会へば和子君来ゐると。呼出しを待ち、児玉君にこの間の小出君のこと云へば15日より2人働かすと。や
がて来し姉君に挨拶し、佐渡島金属にゆけば梅本不在。公衆電話を梅垣女史にかけ、千日前の扇雀後援会によれば上平(※上平博
子)をり、辞表出せしと。ナンバまで歩きて学校。Salary呉る。松本広治氏に
電話してきけば「薮本氏の云ふほどすぐには要らず」と。
柳井より電話、「写真出来しゆゑ来る」と。十合へ「三村、藤田2生(※三村寿恵子、藤田
孝子)推薦す」と云ひ、山本信江に『万葉集』2冊やり、傘かはりしをはは久美子と話し、帰りしあと来し瀧本生に留守さ
せ、漢文。すみて1人再婚世話せよと来る。
柳井君(※柳井三千比呂[道弘])来り、この間のtaxi代200返して呉る。保田、肥
下のことほめて帰る。(伊東マキ子に会はせし)。
瀧本と八尋生訪ねしに就寝と。色をなしてあがり、きけば役所のtype忙しく、もはや通学出来ずと。(前田克子の詩集預かる)。出て秋田生と
水野生をつれ「No.1」によりしあと、同車。『徒然草』と『更級日記』買ひHeineを秋田生に買はす。けふ角川より「3,000の検印
12月8日までに」と。大鹿卓氏より「(※「芥川論」)面白く拝見した」と。千川より礼状。
12月7日
11:00登校、児玉君へ紹介状かき三村、藤田2生(※三村寿恵子、藤田孝子)にわたす。山
本敬子就職すと。推薦状かかさる。藤助別家にして汽船会社社長令嬢なり。明日休む
こととす。(けふ蒲池氏に写真送る。33)。帰り寺田町の石塚にゆき春月『象徴の烏賊(50)』、牧水『行人行歌(50)』『青春の季節
(85)』買ひて帰宅。
角川より写真Film返し来る。元々社より原稿受取。浪華芸文会より12日今西春秋の話をきく忘年会と。(けふ佐瀬(※佐瀬
良幸)より(※見合のこと)母に反対されしと断りの電話ありしも叱りおく)。けふ吉田内閣総辞職。
19:00湖東に電話し、きけば「東京より今電話あり、12日15:00の茶会よし」と。
12月8日
学校へ電話し「急用にて教授会に出られず」と云ひ、父にover-coatやらんと云ひして出、大阪駅に出て大河原を訪ひしに席を外すと。阪
急departにゆきしに全然空きなしと。また阪神にゆけば「会議にて会へず」と。憤慨して女の子叱り、
三菱商事の山中嬢に会ひ横山を訪へば不在。山本事務所にゆきしも山本話さず、佐瀬に昼食おごられ(藤本区長欠勤)、和島事務所にゆき、岩吉氏
に相談せしも駄目。歩きて大毎にゆき天野愛一より教へられて「Selection」と云ふにゆけば、また
教へられ「二見」にゆきて話きむ。(500円にて6人と)。
高尾で『胡人の匂ひ(150)』買ひ、四つ橋文楽座で「会議は踊る」を見て、堺東の北野家にゆき、すしお
ごられ店番の母君と雅子君に会ひ12日14:00ナンバ駅乗車口で待合すこととし、busにて天王寺。湖
東(※湖東栄次郎)にゆき打合せし、傘借りて帰宅。
東大文学部より『満蒙資料2冊』、平中歳子夫人より『歌集青蓮』。(けふ阪急友の会に額田生訪ぬれば痩せて不愛想なりし)。小西啓子よりお歳
暮に砂糖来しと。
12月9日
よべ4:00まで眠れず。休まんと思ひしが押してゆき、歴史すませ「蘇東坡」の2校やり、古典の時間みなをほめ「Goethe」やる。北区長
に電話すれば会議中と。薮中氏に電話し、長沖氏とわれの紹介状もちて上平生(※上平博子)
面会にゆく。帰らんとせしも思ひ直して美術館にゆき、藤井氏(※藤井源一)に会へば「唐三彩、狆を連れた
長裙の美人」は佐々木茂索氏蔵と。彙文堂とは中学同級と。出てまた思ひ直し市電。賑橋で下車、荒木利夫訪
ぬれば不在。またのりて桜橋にゆき『日本民族』さがしつつ丸岡明『堀辰雄(140)』買ふ(あとにてよめば愚著)。梅田新道で『日本民族』み
つけ喜んで帰宅。けふは住康子より貸金1,500返されし也。
12月10日
よべ8:00より寝て元気とりかへし、学校へゆき佐瀬君に電話して藤本区長への使者たのみ、菊地淑の来り
しに結婚2月1日ときき、ともに出しに呼び返され、広常生に会へば「cunningにて学校いやとなり
し」と。「思ひ返せ」とすすめ、年報のことで話して西宮君(※西宮一民)と出れば、宮口(※宮
口時喜子)泣きゐしと。思ひつきて訪ねしに帰らず。20:00再訪を約して帰宅。
榎本須美子のハガキと蒲池氏の礼状見てまたゆけば帰り来る。高慢と不勉強さとして22:00帰宅。
けふ小野和子に「15日ゆく」とハガキ書き、文学座の15日切符買ふ。『芥川竜之介読本(文芸)』と『文芸春秋』とを買ふ。
12月11日
山前君より19日に『骨』の会、初校もその時と。森三樹三郎氏より六甲は干支と。今東光氏より青年の雑誌
に原稿をと。梅田、西保両家よりの19日の案内状。午后出て国立病院中央病棟108号に松
本一秀君を見舞ふ。邦枝完二の胆石手術談のりし『文芸春秋』正月号贈れば喜ぶ。天六の古本屋にて『太宰治の手紙
(50)』『ラテン文法綱要(130)』。
12月12日(日)
角川書店より印紙3,000枚の受取。12:00出てナンバ。高島屋を見て13:45北野雅子、母君とお
ちあひ、taxiにて桜橋。「二見」にゆけば湖東(※湖東栄次郎)夫妻、田中順二郎君
15:00来る。中々の美男子にて話も良し。雅子女史見劣りして心配せしが、すみて2人をtaxiにのせ、われのみ高尾へゆき『東亜古文化研
究(450)』『台湾諸島法(150)』『朝鮮古代の墓制(180)』――あとでdoubleとわかる――買ひて帰宅せんとせしに大阪駅で呼
びとめしは湖東と同級の森本佐一君。本山に住むと。(けふの勘定3,030は湖東が払ひてくれし)。
12月13日
湖東君(※湖東栄次郎)より電話「異議なし」と。13:00ごろ来るとのことに上平生の会社にことわられ
しとのハガキ見てゆけば待ちをり、きのふ順二郎君酒のみて叱りしと。3月末に挙式とせんと。早速北
野家へゆき父母ならびに雅子に会ひ、けふ18:00ナンバで待合せ。20:30大
阪駅にて父君にも会ってもらふこととす。卵もらひ1,515円預る(ゆき帰りともに全田叔母に会ひし)。
帰りて「蘇東坡」と西宮君と校正交換。よべ不眠にてくたくたになりて帰宅。(湖東にきけばレスタミン用ゐ
よと)。
けふ学校へ平凡社より「アムルサナ(※人名:事典項目解説)」15日迄にと。けふ藤原幸子来り「21日の式に出て呉れよ」と。
12月14日
朝、湖東君より電話「14:00学校で」と云ひ、溝端清子(旧中西)の手紙見て昼食後ゆけば、浅香ら(※芥川比呂志を慕う)芥川GROUPを
り「明日17:00大毎会館で」と約し、volley‐ball組とは明日といひ、伝田生(※伝田雅子)
にきけば西保嬢わが(※結婚式)欠席で病気になりしと!!
千場生(※千場和子)にArbeitなければわが仕事ささんと云ひ(山本信江父君の『日本書記集解』もち来あり、これでも写ささんか)。
14:30来し湖東君(※湖東栄次郎)に会へば順二郎君(※田中順二郎)
「今まで知らざりし天与の乙女と考へゐる」と。結納なしを承知せしめCastillaもらひ、戸籍謄本預り北野家にゆき扇納めを21日午前中
と約して出、小野和子に寄り、明日来るといふ。20:00帰りて夕食。田中季雄氏より醤油1斗届きあり。夜、「戦後吟」写す。
12月15日
久しぶりに会社へゆき父に「3,000くれ」と云はれ、賄人のbonus4,000、2,000と申請し、竹村氏に会へば教壇かせ、正月演劇
をすと。扇子は見合ひすみて新郎より渡すものときき、湖東に電話し、学校へゆく途中、近鉄departで文学Album『芥川龍之介』買ひ、
住吉区役所よりArbeit2人云ひ来りしとのことに中川俊雄課長に礼云ひてcollege-hour。
すみて楠戸生(※楠戸規美子)に西保嬢へ「(※結婚式)どうしても出ねばならぬか」と問はせることとし、
volley部の木村、沼2生と墨江の小野和子訪ね、15:00学校へ引返し、溝端夫人へハガキ書きしのち西宮君と出て近鉄で散髪。
大毎会館へゆき浅香、奥中、橋本3生と会ひ、ややして楽屋へゆけば芥川比呂志君来をり、我を忘れたるが如
し。親子丼を天満橋で食ひ(150)。飯沢匡「二号」見る。1:35はねて片町より帰宅。
12月16日
11:00出て蒲池氏へのハガキ投函。学校へゆき小出氏に西保君の式に出るときき祝辞たのみ、楠戸生(※楠戸規美子)にきけば西
保嬢「先生来ねば絶交」といふと。
けふ学院で屋上より投身自殺ありしと。
15:00鍛治君と出て「愛の泉」を見、すみて野崎君(※野崎その)に会ひ、新年宴会をすることとし
(佐々木三和田夫人名古屋に移住と)、新装なりし「面影」にゆきてcoffeeおごられ「源平」にゆけば美智子嬢まだ帰らず。出て鍛治君に別
れ『女性思想史(50)』買ひて帰宅。Radioで山本アキ子?試験疲れで墜死と報ぜしと。吉崎雅子より
手紙。田中順二郎君より礼状。夜、西保嬢の速達。

12月17日
新聞を見れば墜死は山本敦子と。敬子の妹にして隆三郎氏の三女なり。
我にもおぼえある子とて哀れ。隆三郎邸へくやみにゆき、岸明子に寄れば新宮へと。幼稚園の山尾生と話し、
住高にゆき山本重武、硲両君と会ひ、登校。
「戦後吟」すまし小野勇氏と話しつつ15:00まで待つ。楠戸生(※楠戸規美子)に日曜(※西保嬢の結婚
式に)ゆくと返事。荒木利夫に電話すれば月曜まで出張と。15:30住吉葬儀場まで西宮、小野2氏と歩き
てゆけば、城平・康平両叔父、富士鋼業の重役みな来をり、(※山本敦子葬儀)焼香すまして出、井上妙子と話して帰校。西宮君に鍛治君の
bonusたのみて山本信江のもち来りし『日本書記集解』20冊もちて帰宅。
竹内好、吉祥寺426に転宅と。村上新太郎氏より『薔薇』に詩を年末
までにと。伊東詩碑の写真。
12月18日
湖東君(※湖東栄次郎)より電話「北区役所にArbeitなし」と。午后〒山本隆三郎氏より会葬お礼。山
前君より19日には同人5名みな都合あしくそれ以降に会をと。前川佐美雄氏より『海近く』の評を年末まで
にと。筑摩書房の山田丈児氏より『李白』の校正送ると。夕方、服部正己来
り、二女の中学をどこにせんと。坪井(※坪井明)にゆけとすすむ。夜、山本敬子に
弔み状。前川、山崎2氏にハガキ。
12月19日(日)
8:00出て天王寺へ出、郵便投函。9:00発急行にのり10:10東和歌山着。雨の中を一停留所歩き商
工会議所へ10:30着き、coffeeよばれて待つも11:30まで新郎新婦来ず。やがて新婦の使に中田光子来る。けふの着付け係なり。ゆ
けば平常通り。歌やめよと云ひ、写真とり、12:00より(※西保恵以子・梅田善彦結婚)披露宴。
新婦側の最先頭に坐らされ、隣りに前川佐美雄の代理、堀内薫と云ふ人。向ひは小野十三郎(欠)、その隣小出君(おくれて来る)紹介にまた歌や
めよと云ひ、堀内、小出2君より反対さる。14:00迎へに来し伝田雅子に1時間後再来を云ひ、15:00すみて出れば見えず。やがて楠戸生
(※楠戸規美子)と2人来しとautoにのせられ、水軒口の和歌山大学予備校といふに行き、父君、楠戸母子、生駒生(英1)と話し、土産沢山
もらひて帰宅。
筑摩の『李白』48p校正送り来をり、夜半までかかりて校正。書き下しを新カナづかひに改めてありしを旧カナづ
かひにもどす。全部で240p内外とならん。(帰り阪和金岡でころびしは横田久子なりし)。
12月20日
午まで寝床、〒なし。14:30出て湖東家へゆき扇子受取り、すし・タバコもらひて藤井寺にゆけば、小野和子の手紙送りしと。扇子もちゆき返
しの扇子もらふことを知る。夕食たべて出る。(ゆきがけ清水文子に道で会ひし)。帰りて包みあければ「電車賃」入りをりし。藤原生より電話あ
り、来てくれと。夜、湖東君に電話さす。
12月21日
8:00すぎmorningにて家を出、天王寺よりbusにて堺東につきしは9:40。あはてて北野家へ
ゆき扇子納めの口上云ひ、雅子嬢手製のcakeに感心し、御祝儀(1,000)もらひて!湖東家(※
湖東栄次郎)へゆき、扇子をまた納め、すし御馳走になり、近鉄departにてHeine2冊。『日本人名小事典』
『朝日相談室結婚』買ひ、便箋と封筒買ひて帰る途、悠紀子と京とに会ひ、河井ち津生の父君歳暮もちて来りしときく。佐瀬より電話、上平生(※上
平博子)、富士レジンに就職せしと、うれし。
やがておとなふ声して鈴木(林)母子来る。高師浜に家構へし時の隣人にして一男君、いま立命館大にゆきをり、嬢は伏見に嫁ぐと。今里に住み文
芸年鑑を探して来りし也。
16:00出て梅田。Taxiにて堂島の中央電力会館の吉森(安彦)・藤原(※藤原幸子)両家披露宴にゆ
き、検事長、三菱商事、日本生命の人と一座。けふ織田優子より富士紡入社試に落ちしと。堀好枝氏より西保家にわが出しあと電話せしと。大江叔
母より和子の手紙の転送。田中順二郎・北野雅子両人に婚約成立の速達。山前実治氏に27日ゆくと。けふ古
本棚1,200にて買ふ。
12月22日
康平叔父より電話、町会費6,000につき。竹村氏来り、教壇と消火器と[梯]子ともちゆく。里井生(2部1年)より再縁先さがせと。梅田夫
妻有馬より。鍛治初江よりbonusの礼と、萩原家貸しくるると。堀好枝よりカステラ一箱賜り、町会の徳野翁(もと小楠女学校を設立せし一人
にてマナベ校長の叔父と)来り、町会費3,000にしてくれると。出んとするところへ宮口生来り、松本一秀手
術せずにすますと。味の素呉る。正月に伝田生と来よと云ひやる。
会社へゆきbonus我に5,000、辻に2,500、池元に4,500受取る。久美子歳暮の発送を手伝ひに来をり。出て天満橋。『南洋地理
大系8冊(400)』とHeine買ひてbusにて帰宅。けふ会社にて津熊家に電話し、24日夕ゆくと云ふ。
12月23日
家居。悠紀子買物に出る。父、午すぎ来り書類渡す。そのまへ湖東より電話ありしが1月2日北野家訪問決定ののち挨拶せよと云ふ。松井信子嬢よ
り電話、天理図書館27日より休館との八木嬢の言を伝ふ。12月行けずと伝言す。北野雅子嬢来り、子らに
マフラーを呉る。田中順二郎君の靴下編むと、うれし。悠紀子帰来、父にズボン1,600で買ひ来りしと。伝田雅子よりハガキ、正月来ると。
12月24日
父にズボンを史にもちゆかせ、10:30家を出て近鉄departにて隆平、みさ子に本買ひ(徳庵にて守屋(※守屋美都雄)
夫人に会ひ同窓会名簿代100わたす)、今川にゆきて叔父と久美子に会ふ。金逼迫にて久美子働くつもりと。出て平野線にてアベノ。綿野にて
『斑鳩寺(20)』『音声学(140)』買ひてゆけば短大無人。忘年会、生れ月にて卓こさへあり、神崎院
長と桂君が(※自分と同じ)8月なり。銀の匙と菓子もらひ、弁当食ひて短大へ引返せば長沖氏来り、伝田生(※伝田雅子)来る(1月4日
11:00に来訪と)。西宮君(※西宮一民)来り、bonusもらふ。
50,250−3,096=47,154と。鍛治君のbonus立替1,000を西宮君に払ひ、研究年報3冊と抜刷とをもらひ、かもめ書店に
『鴎外全集2冊』とHeine1冊とを払ひ、近鉄departにまたゆきし、また北田辺へゆき小西啓子にHeine与へ、湖東家へゆけば夫人
のみ。
Heine置き、出てナンバ。近鉄案内所へゆき野崎君(※野崎その)に会ひ『南山城』と『三輪石上』もら
ひ、津熊家に電話すれば父君6:30より待つと。岸の里にゆきて迷ひ迷ひして探しあて、聞けば養子となれ
ば就職をす。弁護士となるなら補助すと也。照子と兄君に送られて姫松。交叉点で降り、「越川」にて『楠公
史話(50)』『女(180)』『性と女(150)』買ひて帰宅。
山本敬子より長き手紙。敦子の自殺を報ずるも原因不明。田中順二郎君より礼状。村上新太
郎氏より歌集広告せんと。けふ父欠勤なりしと。Bonus勘定すれば1,000足
らず不快。高野敏子よりbiscuit。硲君来訪、味の素を賜ひしと。
12月25日
佐瀬に電話し夕方来よと云ふ。父より電話、風邪にて昨日休みしと。百済璋子より油、楠戸(※楠戸規美子)よりcoffee(あけて見れば手紙
入りをりwhiskyを長沖、西宮氏にと)。久保田信博氏より牛肉味噌漬を賜ふ。百済よりハガキ。筑摩より校正全部送った、但し新年でよし
と。堀内民一氏より迢空のことのりし『短歌1月号』。悠紀子、座布団5枚(1,400)買ひ来る。夕方入浴。佐瀬君(※佐瀬
良幸)来り、養子も可と。29日朝、母君と会ふときめ22:00まで話す。好青年なり。
12月26日(日)
10:00出て梅田。『近古奇観の2(140)』と『万葉集の時代』買ひ『逐次刊行書目録』もらふ。『戦後吟』出すことを喜ばず。説得しつつ
別る。
梅田夫妻よりハガキ「長野より苹果送りし」と。山前君より27日13:00『骨』の会と。
けふ悠紀子留守に西村弘子生来り、菓子と1,000おきゆきしと。返却することとす。
12月27日
11:00西宮君(※西宮一民)来訪。砂糖3斤賜ふ。楠戸生のwhiskyもち帰りもらふ。ともに出て
(髭剃るを忘れし)京阪にて京都。市電にて丸太町、彙文堂へゆけば中共calender賜ふ。『孟浩然集』は売り切れしと。山前君まで歩くみ
ち、古本屋にて『知られざる国々(30)』『小町と業平(40)』買ふ。山前君(※山前実治)に着けば、
けふの会また流れしと。近所の印刷屋呼び見積させしに『戦後吟』100頁、1聯刷り切りで14,400と見積る。
喜んでたのむ。
『骨8』20冊もらひ、羽田に電話すれば研究室にゆくと。ゆきて待ち、山崎忠に会ふ。里井君(※里
井彦七郎)に途中見付けし『狐の詩情(20)』贈り、『内蒙古部落の起源』借る。
防衛大学(※転職計画)のことを羽田、鈴木俊氏に云へば止せ止せと云ひしと。三高前で別れて京阪にのりて
帰る。
12月28日
会社へゆき池元賄人呼びてきけば辻(※賄人)意地悪せしらし。会社にて町会費の説明し、職業公共安定所へ
と原君に電話さし、年賀葉書かく(田中城平、中田秀雄、昌三、太宰、神田、和田、井上多喜三郎、服部英次郎、沢田四郎作、桑田、楳垣、守本、
宇都宮、康平、田村春雄、高岡、依田、神崎院長、河村純一、大江、本庄、西角、西島寿一、林、隅田、白鳥、篠田、齋藤晌、工藤、丸、佐々木、
関口、荒木、前田、山前の諸先生知友親戚)。辻5日まで置いてくれと。14:00外谷(浪中卒業生)、西岡盈子と来る。松虫中学の同僚にて西
岡府立図書館の転任を小野十三郎にたのみゐると。西岡は海苔、外谷はcastilla呉る。帰りゆきしあ
と赤星(※寮の自治会長)来り、(※賄人)辻良く池元意地悪しと。さにてもなしとくはしく話す。
夜、12月分salaryと町会費来る。けふ12:00徳野老来りてもちゆきし也(受取あとにてと云ひてよこさず。けふ湖東君より電話、明日
ゆくと云ふ)。
12月29日
9:00出て近鉄で散髪、佐瀬家で母上と話せば場合によりては養子も可と。父上と話し好感をもつ。送られてともに玉子とじ食ひ(『明星4号』
とカステラもらふ)、湖東家(※湖東栄次郎)にゆく。京都の義兄正月に来ることとなりしと。北野家に電話
し、母上に2日のことと1月末挙式と云ひ、出て近鉄departで花買ひ(570)、くじ引き引けば鉛筆1本。山本隆
三郎邸にゆき敬子君と母上とに会ひ、落涙さる。
出て疋田家に寄れば東京より便りなしと。出て津熊家。和子嬢に話し了
りしあと母上帰宅されまた云って出る。寺田町の石塚で『花の文化史(95)』『キリシタン大名(250)』買って帰宅。
梅原夫人より菓子とハガキ。倭周蔵より三井精機■直り中、重役として残りしと。鍛治初江嬢
16:00来り「文芸cluc通信7」と奈良漬と賜ふ。池元賄人、妹を雇ひくれぬかと。つれ来れと云ふ。
12月30日
平凡社より『外国人名事典』出たと挨拶。12:00八木嬢来訪、『骨』「蘇東坡」の発送手伝はし
Album貼ってもらふ。『骨』は高橋、相野、西川、坪井、服部、柳井、中野、齋藤はるみ、肥下(※高橋重臣、相野忠雄、西川英夫、坪井明、
服部正己、柳井三千比呂、中野清見、齋藤はるみ、肥下恒夫)。齋藤はるみよりcheeze来、梅田夫妻より苹果来りし也。大塚来り屎尿汲取代
に1,500払ひ不足といはれしと。小林君子より油、鍵谷洋子より砂糖2k賜ふ。八木嬢16:00すぎ帰る。
12月31日
山崎雪子氏『海に近く』について14枚を速達す。住康子よりみかん1箱。『薔薇』に詩「新年」を速達。鍵谷、住、小林君子へ礼状。小野和子よ
り1日午后来ると。住より送り状、小林仁太氏より同。角川よりHeine3版1冊(12月15日発行)。夕方、京、風邪にて耳痛しと。池内
doctorへゆきしも不在と。夜、湖東君より電話、京都の兄君来られず。何か我に送り賜ひしと。けふ『李白』の初校終る。